2014年8月の忘れられないニュースといえば、押切蓮介氏の人気マンガ『ハイスコアガール』がゲームキャラクターを無断使用したとして、SNKプレイモアが出版元であるスクウェア・エニックスを刑事告訴した問題だ。

 一連の流れはこうだ。同年8月5日、スクウェア・エニックスが著作権法違法の疑いで大阪府警の家宅捜索を受け、翌日6日にSNKプレイモアがこの件についての文書を発表。文書によるとスクウェア・エニックスに対して、電子書籍・単行本・月刊誌などの即時販売停止を再三申し入れたが「なんら誠意ある対応がなされなかった」として、刑事告訴に踏み切ったとしている。

一方、スクウェア・エニックスも同日文書を発表しているが、捜査に全面的に協力するとした上で、本件に関する詳細の公表は控えるとコメントした。

 その後の進捗については双方とも発表しておらず、現在は続報が待たれる状態だ。

 今回、『ハイスコアガール』の件についてスクウェア・エニックスは著作権法に触れているのか検証すべく、著作権のエキスパートである骨董通り法律事務所の福井健策弁護士にお話をうかがった。

 現在、同人誌などの二次創作やゲームプレイ動画の実況などが多くの視聴者の中で人気を集め、著作権の“グレーゾーン”が広がりを見せる中、SNKプレイモアが刑事告訴に踏み切った理由や、法律的な問題点、そして裁判の行方について、弁護士から見たこの騒動はどのようなものなのだろうか。

――『ハイスコアガール』には、SNKプレイモア作品のロゴやゲーム画面、キャラクターが使用されています。これは告訴の趣旨である著作権法第119条1項の、どの部分に該当するのでしょうか?

福井健策弁護士(以下、福井氏) 119条1項の「著作権…を侵害した者」に該当し、そこから21条の「複製」、27条の「翻案」が問題になります。

また、今回の告訴状を拝見していないのですが、通常は、これに加えて119条2項1号の「著作者人格権…を侵害した者」から、19条の「氏名表示権」と20条1項の「同一性保持権」が問題になります。このあたりが、盗作、あるいは限度を超えた引用の論争で問題になる条文です。

――今回の件は、批評や引用、パロディの範疇には含まれないのでしょうか?

福井氏 まず、法律を離れた一般用語としての“批評、引用、パロディ”の範疇に含まれるかというと、含まれる可能性はあると思います。ただ、問題はそれが著作権法的に許されるかということで、次のような順番で考えていきます。

(1)「複製」「翻案」に当たるか

「ドラえもんっぽいな?」くらいの、似ても似つかないものは「複製」にも「翻案」にも当たりませんので、この段階ではじかれてしまいます。そして、「複製」か「翻案」に当たると次の段階に進み、そこで初めて著作者人格権も問題になります。

(2)その「複製」「翻案」を許すような例外規定はあるか

ここで、例えば32条の「引用」に当たるかなどを検討します。また、「パロディ」については条文がありませんが、それならすべて許されないのか、乱暴に言えば「超法規的」に許される領域がないのかということがよく議論されます。

――単行本の最後には「SPECIAL THANKS」や(C)の表記をし、SNKプレイモアなどの社名を記載したことが問題視されていますが、問題になる可能性がある点はありますか?

福井氏 各ゲームがSNKプレイモアの著作物であることは事実でしょうから、そう表記しても著作権法上の問題は少ないでしょう。著作権以外だと、商標権侵害、業務妨害、名誉毀損などが、プラスアルファのクレーム理由として、一応考えられます。

しかし、私の感覚を言うと、結論として法的な問題まではないと思います。

――SNKプレイモアが、今回の告訴とは別の訴訟を提起する可能性はあるのでしょうか?

福井氏 刑事告訴とは別に、著作権侵害で民事訴訟を起こす可能性はあるでしょう。

他方、著作権以外の裁判ですと、無論ダメモトでも起こせますし、裁判所がSNKの言い分を認める可能性がないとは言えませんが、やや低いと考えます。やはり、著作権で進めていくのではないでしょうか。

――作品にはSNKプレイモアのキャラクターが登場していますが、キャラクターのパブリシティ権を侵害していることになるのでしょうか?

福井氏 パブリシティ権は、実在の人物、もしくは、デーモン小暮閣下のような、実在の人物の延長線上にあるキャラクターにしかありませんので、ゲームの架空キャラクターには認められないでしょう。したがって、パブリシティ権侵害はないと考えられます。

■スクウェア・エニックスへの家宅捜索は行き過ぎだった!?

――SNKプレイモアはスクウェア・エニックスに再三該当作品の販売停止を求めていましたが、スクウェア・エニックスはそれを無視していました。これは裁判に影響が出ることなのでしょうか?

福井氏 仮に裁判で著作権侵害が認められた場合には、“わざと侵害を継続したよね”という「故意の認定」であったり、「損害額増額」の要素にはなりえます。ただ、そもそも侵害や違法行為が認められなければ、無視をしていても問題ありませんから、影響を与えることはありません。

――スクウェア・エニックスは大阪府警の家宅捜索を受けていますが、その必要性はあったのでしょうか?

福井氏 スクウェア・エニックス側の故意や損害額の認定にとって、関連性がないとは言えません。ただ、一般的に警察は二次創作的な事案で不用意に動くべきではないと思いますので、家宅捜索までするような事案だったかなという疑問は残ります。

――SNKプレイモアは今回スクウェア・エニックスを刑事告訴していますが、民事でなく刑事告訴にした理由、またその意味はあるのでしょうか?

福井氏 もちろん民事と刑事両方を進めてもよいのですが、一般に、刑事だけを選択する理由として三点ほどあります。第一に、当然ながら悪質だと感じた時に、お金の問題ではなく、処罰を望むことがあります。

もっとも、著作権侵害のほとんどのケースは、現実には罰金刑で終わっています。ただ、同じお金でも民事(賠償金)と刑事(罰金)では性格が違い、刑事では前科前歴がつきますので、相手にとっても痛手とは言えそうです。

 第二に、決着が早いこと。民事は判決が出るまで通常1年かそれ以上かかります。刑事は早ければ数ヶ月で決着がつきます。今回のケースも刑事告訴を受けて、休載しています。民事で差し止め判決を取ろうとする場合、ずっと時間がかかるでしょう。

 第三に、不謹慎な言い方ですが、経費的な負担が少ないことが多い。

これはケースによりますが、民事訴訟を1年闘うと、弁護士報酬がかなりかかります。刑事はスムーズに刑事告訴に至れば、その後は基本的には警察・検察側での進行になりますから。

その意味で、「我々は悪質だと思うから刑事告訴に踏み切った。あとは国が判断することです」という割り切りもしやすい、と言えるかもしれません。

――今回のケースは、スクウェア・エニックスとSNKプレイモア間の問題ですが、作者の押切蓮介氏の責任問題が問われることはないのでしょうか。

■『ハイスコアガール』がSNKプレイモアの作品を使用したことは引用にすぎない!?

――スクウェア・エニックスには、本当に非があるといえるのでしょうか?福井氏 先ほど申し上げたとおり、まず(1)「複製」「翻案」に当たるか、そして(2)「引用」に当たるかという2点の帰すうによります。この二つが(1)YES、(2)NOとくれば、基本的に違法ですので、非はあるということになります。

【資料1】引用元:押切蓮介『ハイスコアガール』 2巻、スクウェア・エニックス、2012年、4ページ

 1~5巻を拝見する限りは、画面の再現が不鮮明・部分的で、そもそも「複製」「翻案」に当たるか疑問な箇所も少なくありません(例:【資料1】)。知っている人が見ればわかるのかもしれませんが、これでは元のゲーム画面の特徴はよくわかりません。

 しかし、同じゲームの一連のプレイ画面をかなりはっきり再現している箇所もあり、これならば「複製」「翻案」には当たる可能性が高いように思えます(例:【資料2】)。

他方、『ハイスコアガール』は90年代のゲームをめぐる若者たちの恋愛模様や青春群像を、実在のゲームを追いながら描いています。そのような作品の性質から考えると、ゲーム画面の利用が「引用」として許される可能性は否定できません。

ただ、前述の4巻の3ページ分などはゲームの展開をメインで楽しませる要素もあり、このあたりを裁判所がどう判断するかが分かれ目になるでしょう。

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【資料2】押切蓮介『ハイスコアガール』4巻、スクウェア・エニックス、2013年、43-45ページ

■ゲーム実況は“暗黙の了承”? 「無断使用」を無制限に差し止める感覚は古い!?

――今回の問題に関連して、ニコ生でのゲームの実況中継など、実際のゲーム画面を配信することは著作権的に問題はないのでしょうか?

福井氏 純論理的には、実はこちらのほうが、むしろ著作権に触れる可能性は高いでしょう。ゲーム画面は「映画の著作物」として保護されていますので、それをニコ生で配信することは「公衆送信」に当たります。

したがって、無断で行ってはいけないというのが法の原則です。しかし、現実には“暗黙の了承”というかゲームメーカーから事実上“放置”されて行われているケースが少なくありません。中には任天堂のように、推奨しているメーカーもあります。

有名な人物や、ある程度知名度がある方にやってもらったほうが売り上げが上がるわけですからね。時代はインフルエンサーが広告塔となってくれた方が助かるんですよ。

 以前は、著作権そのものが目的化してしまい、実害があるかないかとは関係なく、「無断で使われると不愉快だから止めさせよう」という発想も目立ちましたが、最近では、著作権は“ツール”であって、目的はそれによって収益が上がることという考え方が徐々に浸透してきました。

無断使用だから無差別に差し止めようというのは、少し感覚として古くなってきてはいます。例えば『アナと雪の女王』の主題歌を歌う動画がたくさんアップロードされましたが、ディズニーはむしろ知名度アップのために活用していましたよね。

あえて違うジャンルの人やコンテンツで発信されることで、多くの幅広いターゲット層まで作品が届くのです。

また、著作権に対する考え方の変化によって、コミケなどでの二次創作も花開いています。

 このような状況の中にあって、SNKプレイモアは何が実害だと思って、刑事告訴に踏み切ったのかということに疑問を持つ関係者もいるようです。スクウェア・エニックスがほかのメーカーからは許諾を取っていたことが不愉快だったのか、何か特殊な裏事情があったのかは存じ上げません。

あるいはSNKは、マンガを読んで登場する過去のゲームに興味を持ったり、関連商品を買ってみようと思う人がいたりするメリットを歓迎して、寛容な態度を取る選択肢もあったかもしれませんね。

 本作で、90年代ゲーセンの熱気と不器用な若者たちの触れ合いとを融合させた、押切氏の手腕は見事です。早期の解決を祈ります。

 スクウェア・エニックスが無断でSNKプレイモアの作品を使用したことについて、現状わかる情報で話をうかがう限りでは、著作権法の許容範囲である可能性も捨てきれない。SNKプレイモアが刑事告訴に踏み切った詳細な理由は不明だが、当問題がどのような終着を見せるのか、今後も進捗を追っていきたい。