
青山霊園の近くを流していると、夜中だというのにサングラスをかけた、背の高い、毛皮のコートを着た女が、これみよがしに手を振ってアピールしてきた。酒を飲んでいるのか、足下がふらついている。見るからにタチが悪そうだ。普段だったら、乗車拒否するところだが、今夜は客の入りが悪い。それに、ああいうタチの悪そうな女は、乗車拒否すると、すぐに営業所に苦情の電話をかける。仕方がないから、女がいる方へと近づいて行った。すると、女が南米系の容姿をしていることに気付いた。もしかしたら、日本語が通じないかもしれない。面倒なことになりそうだと思ったが、もう手遅れだった。女はすでに乗る気満々でこちらに駆け寄ってきていた。今さら逃げるわけにもいかない。
「さっぶい、さぶいさぶい」
後部座席に乗り込んできた女は、身を震わせながら、寒さの原因がまるで、オレにあるかのような口調で連呼した。顔は青白く、唇は真っ青で、吐く息は酒臭い。やはり、乗車拒否するべきだったと後悔しながらも、日本語が話せることにはホッとした。
「どちらへ行きましょう?」
訊くと、
「とりあえず、五反田」
女はぶっきらぼうな口調で答えながら、サングラスを外した。どこかで見覚えのある顔。バックミラーに映る女の顔に見入っていると、
「早く出せよ」
女は眉間に皺を寄せて、運転席を蹴ってきた。
思い出した。毒舌ハーフタレントのダレノカレ朱美。タメ口はバラエティ用のキャラだとか言ってたはずだが、普段からタメ口なんじゃないか。
「何? 何か文句あるの?」
ダレノカレは胸の下に両腕を組んで、不敵な面構えで見据えてくる。腹が立ったが、客は客だ。
「いえ」
頭を振り、オレはアクセルを踏んだ。
「何歳?」
「え?」
「おっさん、何歳?」
「46です」
「結婚は?」
「いえ」
「だろうね。おっさん、ダッサいもん」
酔ってるからなのか、それとも地なのかはわからないが、ダレノカレの口は悪く、甲高い声もオレの神経を逆撫でした。酔っぱらっているから、そのうち眠ってしまうかと思ったが、それどころか、上機嫌に鼻歌を歌い出す始末。そして、
「ねえ、つまんない。変えて」
また運転席を蹴ってきた。ムカッ腹が立つのと同時に、何を言っているのか意味が分からず、
「え?」
バックミラー越しに、ダレノカレの顔を見た。
「ラジオ」と、ダレノカレは顎をしゃくり、周波数を伝えてきた。どうやら、聞きたい番組があるらしい。その周波数に合わせると、
「1年前、今の彼氏と初めてエッチした時、人生で初めて潮吹いちゃったの」と、ラジオからも、ダレノカレの下品な声が聞こえてきた。オレは驚いて、バックミラーを見た。その中に映るダレノカレは、満足そうな笑みを浮かべ、
「シータクの運ちゃんて、みんな、同じリアクションすんだよね。幽霊でも見るみたいに」
手を叩きながら、ギャハハ、と下品な笑い声を上げ、
「生じゃなくて、収録放送だっつーの」
考えてみればわかるものだが、反射的に、ダレノカレの予測通りのリアクションをしてしまった自分を恥じ、そして、ハンドルを強く握りしめて、怒りを抑えた。