
地下駐車場で車を停め、エレベーターに乗ると、帽子を目深に被り、顔の半分ほどの大きさもあるサングラスをかけ、真夏だというのにマスクをした色白の女性が1階から乗り込んできた。
「何階ですか?」と訊いても女性は答えず、自分で「28」のボタンを押そうとしたけれど、すでに押されていることに気づいて、「閉」のボタンを押した。そのよそよそしい態度から、恐らく身元がバレたくない有名人なのだろう、とオレは見当をつけた。六本木ヒルズから歩いて5分とかからない好立地に建つタワーマンション。名前を聞けば誰もが知っているような有名人が数多く住んでいる、と内覧した時に不動産屋が自慢気に話していた。
けれど、同じフロアに有名人が住んでいるというウワサは聞いたことがない。隣の住人に関していえば、その姿を一度も見たことがなく、部屋にこもりきっているため、逃亡犯でも住んでいるのではないかと疑っているぐらいだ。
一体、誰だろう? と、さりげなく女性の様子を横目で探ろうとしたところで、突然、ガクン、とエレベーターが大きく揺れ、そのまま停止してしまった。
驚き、オレは一瞬、女性と顔を見合わせた。サングラスとマスクを付けていても、女性が動揺しているのは伝わってきた。
管理会社へのインターホンボタンを押してみたけれど、ウンともスンともいわない。
「ちょっと、何?」
苛立ちと不安が綯い交ぜになったような女性の呟き声が微かに聞こえてきた。そして、その声に、オレは聞き覚えがあった。
「あっつい……」
冷房も停止したため、エレベーター内の温度が急激に上がり、耐えきれなくなったのか、女性は帽子とマスクを取った。黒髪ショートに少し丸みをおびた頬。サングラスだけではもはや、その美貌やオーラを隠しきれていない。女性の正体は、女優の末広涼子だった。末広は、15年前に見たときとほとんど変わらぬ若々しさを保っていた。そのことに、オレは少なからず驚いた。
15年前、大学生だったオレは一度だけ、六本木のクラブで末広の姿を見かけたことがあった。
「あれ、末広じゃねえ?」
クラブに入ってすぐ、一緒にいた友人がVIP席の方を指差して、そう言った。その指差す先にいた末広の姿を見た瞬間、オレは時が止まったように感じた。EDMの爆音も鼓膜から遠ざかり、足の踏み場もない程に混雑しているというのに、視界には末広の姿しか入ってこない。薄暗い店内にもかかわらず、生で見る末広はテレビで見る以上に美しく輝いて見えた。