
大型アウトレット家具チェーン店が隆盛の今、オーダーメイド家具店が生き残るのは至難の業だった。なんとか努力はしてみたものの、経営が上向くことはなかった。これ以上やっても借金が増えるだけだと観念して、親から継いだ店を、とうとう畳む決心をした。
次の注文で最後。そう決めていたところにかかってきた電話は、消え入りそうにか細く、そしてどこかで聞き覚えのある声をした女性からだった。
「あの、ソファーの注文をお願いしたいんですけど」
2人掛けのカウチソファーの注文をしたいとのことで、来店日時を決め、名前を訊くと、
「シマモトハルカ」
女性はそう答えた。それを聞いてようやく、その女性の声に聞き覚えがある理由がわかった。アイドルグループ・AKH48の島本遥香。はるる、という愛称で呼ばれ、アイドルらしからぬ塩対応で世間からバッシングを受けていることぐらいは、芸能事情に詳しくない50歳過ぎの私でも知っていた。しかし、なぜ、そんな売れっ子アイドルが、有名店でもないウチへ注文を寄越したのかは、わからなかった。
「秋本先生が昔、ここで注文して作ってもらったソファーを見て、一目惚れしちゃったんです」
後日、来店したはるるは、ウチに注文を依頼することに決めた理由をそう説明した。私はそんな注文を受けた記憶はないから、父親が受けたのだろう。そんなことよりも、はるるの色白な肌、アンニュイな表情、華奢な体、全体的に漂う儚げな雰囲気に、私は心を呑み込まれてしまった。一目惚れを表現するのによく、雷に打たれたような、という言葉を使うけれど、人生で初めて、それに近い感覚を味わい、私は終始、戸惑ってしまった。
その夜、工房で1人、はるるに注文されたハート型の背もたれのカウチソファーを作りながら、この先の人生を思い、私は不安に駆られた。店を畳んだ後のことはまだ決まっていない。これまでの人生、家具作りしかしてこなかった。53歳の中年男を雇ってくれる会社などあるのだろうか。