その日は、エリカ様が新しくイメージキャラクターを務めることになった、缶チューハイのCMの撮影だった。
風呂上がりという設定で、バスローブ姿に着替えたエリカ様が、カメラに向かって、缶チューハイを美味しそうに飲む姿を披露する。だけど、何テイクを撮っても、監督は納得した様子を見せなかった。
「ちょっと、お話を」
16テイク目を撮り終えたところで、僕はADに呼ばれ、監督の元へ連れて行かれた。
「本物のチューハイ、飲んでもらっても大丈夫かな? どうしても、リアリティに欠けてるような気がしてさ」
それが、監督の要望だった。エリカ様はずっと、中身をジュースに入れ替えたものを飲んで演技をしていたのだ。
「ちょっと、お待ちいただけますか?」
そう断りを入れ、エリカ様の元へと走りながら、そういえば、エリカ様がお酒を飲んでいる姿を見たことがないな、と思った。
監督の要望を伝えると、
「お酒は、しばらく前から、やめてるんだけどな……」
エリカ様は、珍しく渋い表情を浮かべた。禁酒しているというのは初耳だった。
「今日の仕事は、この撮影だけなんですけど、禁酒されてるなら、断ります?」
「いや、いいわ。飲むわ。どうせ、度数も大したことないでしょ?」
確かに、若い女性をターゲットにした缶チューハイ『ほろ酔い気分』は、アルコール度数3%と低い。
「じゃあ、監督にそう伝えてきます」
本物のチューハイを使って撮影が再開されると、監督は納得がいったようで、一発でオッケーが出た。エリカ様は、3口ほど飲んだだけだった。
「大丈夫ですか?」
一応、エリカ様の様子を窺うと、
「全然、大丈夫よ」
エリカ様は笑顔を見せ、楽屋へ戻った。そして、楽屋に入った途端、態度が急変した。
「肩、揉みなさいよ」
椅子に腰掛けたエリカ様にそう言われ、僕は耳を疑った。恐る恐る、その顔を見ると、まるでいつもとは別人のように険のある表情で僕のことを睨みつけていた。