『モザイクの向こう側』(双葉社)
AV出演強要問題を軸にAV業界の実存に迫った『モザイクの向こう側』(双葉社)が、10月21日の発売直後から話題を集めている。著書である井川楊枝はこれまでもアンダーグランドな界隈を継続的に取材しており、『封印されたアダルトビデオ』(彩図社)、『女子高生ビジネスの内幕』(宝島社)などの著書を上梓している。
そんな井川の知られざる顔が、映画監督である。先日、本サイトでも報じた史上最強の地下アイドル、仮面女子・窪田美沙が「貧困女子」を演じて注目を浴びた監督作『ベースメント』は、これまでの取材の中で記事にできなかった門外不出のさまざまなエピソードを散りばめながら、JKビジネスや特殊詐欺などのテーマを扱いつつ、現代社会の暗部を照射した作品に仕上がっている。
9月30日にLOFT9 Shibuyaで行われた先行上映イベントでは、用意された100席以上が埋まり、立ち見客もでるほどの盛況となった。また、イベント後半では井川や出演者によるトークライブが白熱し、ロフト名物とも呼ばれる客席との質疑応答へと突入した。
多くのアイドルファンや映画ファンによる賞賛コメントを交えた好意的な質問が続く中、何とも異質な切り口の質問者がマイクを握った。
「JKの援助交際相場を知りたいので教えてください」と、その質問者は唐突に尋ねてきたのである。そしてメモ帳を見ながら、矢継ぎ早に面倒な質問ばかりをぶつけてくる。この女性は批評家なのか、それとも関係者の知り合いなのか……? 残念ながら、終演時間が迫っていた関係もあり、彼女の質問のいくつかは打ち切らざるを得なかった。
終演後、司会を担当したルポライター・昼間たかしの紹介で、楽屋を訪れたその女性が、エロマンガ家である「知るかバカうどん」だと知った。
深夜に及ぶ関係者打ち上げの席でも再びメモ帳を広げながら、知るかバカうどんは自作マンガの取材との断りを入れつつも、次々と突っ込んだ質問をぶつけてきたのである。
それがきっかけとなり、井川は新著『モザイクの向こう側』(双葉社)を、知るかバカうどんに献本。ならばと思い、改めてアンダーグラウンドな業界を取材した新著を題材に、知るかバカうどんが次々と質問をぶつけていく対談企画を立ち上げようと考えたのであった。
* * *
知るかバカうどん(以下、うどん) 『モザイクの向こう側』を楽しく読ませていただきました。井川さんは、なんでこれほどまでAV業界に興味を持ったんですか?
井川 昨今、AV出演強要問題が話題になっていますよね。それらをテーマに、双葉社さんから単行本を執筆しないかという依頼が来たんです。
当初は「AV出演強要問題を私なんかが書いて、よいものだろうか」という思いと、「しかしながら、自分が一番適任なのだろう」という複雑な思いが交差しました。
AV系のライターはAV出演強要問題について、おおむね業界を擁護する側に回っています。いわく「そういった事実は存在しないのでは……?」という論調が多数を占めます。実際に強要問題は、ごく限られたケースだというのと、AV業界を長く取材すればするほど、そう書かなければ今後の付き合いが難しくなるだろうというジレンマに陥るからです。ただ、本書でも書いていますが、私の場合、そういう強要の現場も見聞きしていたので……。
うどん ぶっちゃけ、本音の部分では業界を擁護していますか?
井川 そこに関しては、できる部分とできない部分とがありますね。
出演強要問題の発端となる報告書を発表した国際人権NGOヒューマンライツ・ナウと、一部のAV業界側の人たちは、白か黒かという構図で争っているじゃないですか。でも、そんな単純な話ではありませんよ。ヒューマンライツ・ナウの報告書はAVの負の面が誇張されすぎてはいましたが、まったく起きていないのかといえば、そんなことはありません。そこは、客観的に書いたほうがいいんじゃないかなとは思いました。
うどん そのどちらでもなく、ホンマのことを伝えたい?
井川 実際、強要問題は起きています。それをまったく起きていないと擁護するのは疑問です。私は、過去に遡るほど数多く起きていたと思っています。ところが現在では出演強要の性質が異なってきています。
黎明期のAV女優は風俗嬢と同じような位置づけでした。ただ、最近のAV女優の中にはアイドルのように持てはやされる女優が出てきて、社会におけるAV女優の地位そのものが向上しているようにも見えます。
それをいいことにスカウトマンなどが、芸能界へも活動の場を広げ、売れないグラビアアイドルをやっているよりは……と、新人クラスの女性タレントにAV女優への転身を勧めたりする。接近する際にも、あたかも芸能界と同等であるかのような巧みな言葉を用いて勧誘します。そうした質的な変化が、強要問題の背景に存在するのです。
うどん 『モザイクの向こう側』を読んで、なんで若い女の子がAVに出演するのかなと考えこんでしまいましたね。
井川 以前は出演する理由の大半がカネでした。でも、今の女の子は違います。
2008年に芸能人専門レーベル・MUTEKIがブームとなり、さらにAV女優も多数参加する恵比寿★マスカッツが登場しました。これはAV革命と呼んでもよい出来事でした。
ここで、AV業界と芸能界の垣根がなくなりました。スカウトマンだけではなく、一部の女性タレントはグラドルよりもAV女優のほうが有名になれるし、それなりに儲かると考えるようになったんですね。実際はAVに出ちゃうと、ものすごく活動が狭まってしまうのですけれど……。
また、自己承認欲求を満たすのに、AVは魅力的なのかなとも考えています。幾多のスカウトマンに取材したのですが、普段から控え目で周囲に認められていないようなタイプの女の子が、メイクした途端にちやほやされだして、AV出演を決めてしまうようなことも多いようです。
うどん ちなみに、『モザイクの向こう側』で同人AVのことにも触れてますが、これは事件になったりしていないのですか?
井川 大半の同人AVサークルは、おおむね閉じられた輪の中でコスプレAVを楽しんでいて、まあ、あの方々は、そんなに危険ではありません。ただ、どちらかというと、帽子君みたいに個人でFC2動画とかのネット上にアップする人たちの中にはヤバい人も多そうですね。事件にはなっていませんが、フリーの女の子なんかを誘って、ホテルに行って撮影している。ハメ撮りのようなのが多いので問題は発生しやすいでしょう。昔のブルセラビデオに通じるものがあるんじゃないかと気にはなってます。
うどん あの、ブルセラビデオってなんですか? 分からないんですが……。
井川 えっ、それは失礼しました。ご自身で調べてみてください。
■アンダーグラウンドに足を踏み入れたきっかけは
うどん アンダーグラウンドな取材をされる理由として家庭環境だとか、人生で何かきっかけがあったりしたのでしょうか?
井川 父親は転勤族でしたけど、割と普通の家庭でしたよ。それよりも、こういったテーマを取材するようになったひとつのきっかけがあります。
それまでは、こうした世界には興味なかったんです。大学を卒業して普通に就職したんですが、そのときに絵画を買わされて400万円くらいの借金をつくっちゃったんですよ。街角で可愛い女の子が勧誘してくるアレで、相手をしてくれるからしゃべっているうちに楽しくなってきちゃったんです。
最初に100万円のシルクスクリーンを購入して、その後でシルクスクリーンを買ってくれた人にだけ原画を売るというというので、さらに180万円。気がついたらローンが400万円になっていました。
購入時、「持っていたら、転売できますよ」と説明を受けていたのですが、いざネットで売ったら5万円くらいにしかならなかったんです。それも、額縁の価格が5万円くらい。それでもう、人生どうなってもいいやと思うようになって趣味で自主映画を作り始めたりしたら、さらに借金が増えちゃったんです。
これでもう、そろそろ人生詰んだかなと思って会社を辞めて、ライターにでもなろうと思って編集プロダクションに転職しました。
ところが、そこの社長が自主映画を撮っていたのなら適材だとでも考えたのかAVの撮影現場に連れていかれて、本書に記しているような現場を見てしまったんです。
それに転職した編プロでは、ヤクザとか暴走族とかのアンダーグラウンドな取材は社長本人が担当していました。ところが、僕が入社して半年くらいで社長が逮捕されて刑務所に入ってしまったんで、それらの内容を引き継いで取材する内にライターとしてのノウハウを学んでいったんです。
うどん 女子高生ビジネスとAV業界には、明確な接点はあるのでしょうか?
井川 『おたぽる』のインタビュー(参考記事)を拝見しましたが、あなたもリフレで働いていた経験があるんですよね? AVをやってた子はいましたか?
うどん いないですよ。リフレに行ったら、その後はキャバクラに行くんじゃないですか。
井川 あなたの働いていたお店では、アイドルになりたい子はいましたか?
うどん そういえばいました。同じ店で働いていたJKは、日本橋(大阪市)のメイド喫茶で働きつつリフレで働いていて、「コーヒー飲みたかったらメイド喫茶の方に来てもらって、私とデートしたかったらこっち(リフレ)に来てね」という賢いJKでした。顔をTwitterでばんばん出して、めっちゃお客引っ張っていましたね。
井川 そういった子ならAVにいく可能性はありますね。AVってある程度、自己顕示欲だったり、とにかく目立ちたいみたいな精神がなければできないと思います。逆にそういう子じゃないタイプの子の方が、風俗に行っちゃうんじゃないのかな。
うどん リフレ嬢は風俗にいく確率のほうが高いんですか?
井川 そう思います。JK見学クラブとかだったら、自分をアピールしたい感じの子の方が多いと思うんです。
うどん 井川さんが監督した『ベースメント』の中で、JKリフレの常連おじさんが登場していましたが、あのシーンがとても好きなんです。サービスを受けているのを隠し撮りして、自分でロムに焼いている……。
井川 リフレに関しては、お客さん側を数多く取材したのですが、チェキカードをいっぱい持っている人がいました。すごいコレクション癖がある人が多いんですよね。「この日は、このJKに会った」とかノートに書いている人も……。費用対効果を考えると、風俗に行ったほうがよいとは思うんですが。モヤモヤしてJKに何万円も払うよりは、なんであの人たちはJKリフレに行くのだろうかと興味がありました。
うどん ちなみに、井川さんはJK好きですか?
井川 そりゃ、女の人によりますかね……。当たり前なんですが、可愛いJKは可愛いけど、可愛くないJKは可愛くない。ただ、取材で関わったJK好きの男性は、若ければ誰でもよいという感じでしたよね。二十歳過ぎていたら、もうダメみたいな。
今、JKビジネスでもっとも人気なのは18歳までの現役の子が人気あるんです。それが、19歳になった途端に人気がガクンと落ちるんです。19歳になっても可愛ければ一緒じゃないかと思うんですけど、JK好きはそうじゃない。そこにも興味が沸きます。
うどん 女の人が好きになるというより、JKというブランドが好きなんですかね?
井川 そうです。大人になった途端に彼女たちが癒やしの存在ではなくなるのかな、とは考えています。JKビジネスで働いている女の子たちは、常に大人と接しているから、やっぱりフツーの女の子よりも大人っぽい考え方を持っていると思うんですよね。
ただ、処世術に長けていたりする分、わざと幼く装ったりしているのだとは思っています。
うどん 取材するにあたって、リフレにめっちゃ行ったかと思うんですけど、ハマリそうになりました?
井川 取材をしていて、また会いたくなる子はいました。ただし、JKリフレ自体にハマりそうになったかと聞かれたら、僕なら風俗に行っちゃうかなぁ……。それに、なんの進展も期待できなかったので、だったらキャバクラのほうがいいんじゃないかとも思いましたよ。
うどん ちなみにJKリフレは、今は規制されているんですか?
井川 されてますよ。18歳以下を雇っている店はありません。ただ、規制の合間を縫うような形で、JKコミュニケーション(=JKコミュ)みたいなのが生まれてはいます。今年摘発されましたが<JKとお話ができる>というような店です。
名目上はあくまでもコミュニケーションだけれど、そこの店のJKが援助交際をやっていたんです。
新宿と池袋にあるJKコミュに関しては、警察の摘発を恐れていたようで、完全会員制にして身分証を提示して登録しないと入店できないシステムでした。
まともな人だったら、そこまでして行かないとは思いますけど……それでも行きたいというのは相当のJK好きでしょう。
うどん 性欲には勝てなてかったんですかね……。
井川 ところで、自分は大阪や名古屋はほとんど取材していないんですけど、面白いお客さんが多かったんですか?
うどん 働いていたのは2010年頃なんですけど、例のチェキ数百枚ぐらい入ったチェキカード入れを持ち歩いてるお客さんに6時間指名されたことがあります。
それで、「ええデートスポットがあるんや!」と連れて行かれたのがボーリング場でした。スカートやったんで「パンツ見えてまうやん」と思ってたら、私が投げるときに身体を横にねじって下からパンツを見ようとしてるんですよ。ガーター出すたびに「手取足取り教えてあげるね」といって体をベタベタしてくるんです。ガーター出さないように必死でした。
その後は、喫茶店でずっとおじさんの話を聴いていたんですが、しょうもない話ばかりしてましたね。
井川 そんなリフレだったら、セックスが目的のお客も来るんじゃないですか?
うどん 来ましたね。変な雑居ビルの2階にあったとこなんですけど、お客さんが入店した途端、「ここってヤレるんですか?」と聞いてくるんですよ。で、店長が「ここはヤレません」と告げると、だいたいは諦めて帰るんですけど、ちょっとこなれたおじさんは女の子に裏オプの直接交渉するみたいです。そういったおじさんの話では、カラオケで手コキしている子はいるということでした。私が辞めた後には、裏オプやって捕まった子もいたそうです。
井川 なるほどね。某所に1日30万くらい稼いでいる子が何人もいる店舗があるんですが、みんなホストクラブ通いをしてますよ。
うどん 井川さん、私の単行本は読んで頂けましたか?
井川 それがまだなんです。紀伊国屋書店にあるかと思って覗いたんですけど、店頭にはなかったんですよ。
うどん 紀伊國屋書店においてもらえるようなマンガも描こうと、頑張ってはいるんですが……。
* * *
やはり、この日の対談は井川の独壇場という結果に終わってしまったような気がする。これまで幾度となく危険な目に遭いながらも、ベースとなる実体験を色濃く投影するスタイルでも知られる女性エロマンガ家・知るかバカうどん。そんな彼女も、アンダーグラウンドな界隈に精通して著作を重ねる井川には萎縮してしまったのであろうか。結果、論戦を張って井川を唸らせる場面は最後まで訪れなかった。対談を終えてもまだ、井川に対して本音をぶちまけてみたい場面があったと呟いていた。
そこで、『ベースメント』の宣伝協力として名を連ねる昼間たかし事務所と協議した結果、11月11日に開催される『ベースメント』緊急上映イベント後半のトークライブを、さらなる対決の場とすることが決定。
知るかバカうどんの前に立ちはだかるアンダーグラウンドな世界、この危険なトークバトルの行方を見逃してはならない。
(取材・構成=増田俊樹/昼間たかし事務所)
●昼間たかしプロデュース
『ベースメント』 緊急上映! 知るかバカうどん vs アンダーグラウンド
日時:11月11日(金) 19時開場 19時30分開演
会場:高円寺Pundit’(東京都杉並区高円寺北3丁目8-12 フデノビル2階)
http://pundit.jp/
<第1部>
『ベースメント』 緊急上映 19:30~
休憩 21:00~21:10
<第2部>
知るかバカうどん バトルトーク 21:10~
各著作本 サイン会 22:40~
【出演】
知るかバカうどん(『ボコボコりんっ!』作者)
【ゲスト】
井川楊枝(監督/脚本)
増田俊樹(猪俣陽一役)
成田賢壱(大河原幸次役)
【進行】
昼間たかし(ルポライター)
『ベースメント』 (2016/MARCOT)
企画:増田俊樹
監督/脚本:井川楊枝
史上最強の地下アイドルとして知られる仮面女子の窪田美沙、ミス東スポ2015に
輝くグラビアアイドルの璃乃。そんな現役アイドルをディープな裏社会へと解き放つ危険な映画『ベースメント』。
出演:窪田美沙 璃乃 増田俊樹 成田賢壱 サイトウミサ 落合萌 鎌田秀勝 山本夜羽音 熊篠慶彦 鈴木邦男(特別出演)
映画 『ベースメント』 公式Twitter
https://mobile.twitter.com/basement930