イラストレーター/嶋名隆
ニューヨークは記録的な大雪に見舞われていた。
ホテルの窓から見えるはずのエンパイアステート・ビルは、吹雪のせいで霞んでしまい、頂上の灯がぼんやりと見えるだけ。外の気温は氷点下。外出はするまい。そう思い、ウィスキーを一口含んだところで、携帯電話が鳴った。最近、馴染みになったバーテンのボブからだった。
「マサト? 今から店に来れないか?」
ブルックリン訛りの英語。
「今から? 店まで辿り着く自信がない」
ボブのバーは、タイムズスクエアからすぐ近く、このホテルから直線距離にしてせいぜい300メートル足らずの場所にあるのだが、オレには、この猛吹雪の中、辿り着く自信はなかった。
「日本語が話せる奴が必要なんだ」
「どうして?」
「1人で酔いつぶれてる女がいる。見た目は白人なんだが、英語がからっきしで、日本語しか喋れないらしい」
「だけど、ボブ、外を見てみろって。警察を呼べばいいだろ」
「サツの世話にはなりたくないんだ。それに、イイ女だぞ。いいのか?」
「嘘じゃないだろうな?」
「ああ。イイ思いができるかもしれないぞ。できなかったら、代わりに、バドワイザーを奢る」
「……待ってろ。すぐ行く」
ありったけの防寒具を着込んで、部屋を飛び出した。
除雪車が何台も行き交っているにもかかわらず、深雪部になると、膝上まで雪で埋まってしまう。通常なら2、3分しかからない距離を20分近くかけて、ようやくボブのバーに到着した。当然のように、店の中は空いていた。