「いよいよやるしかないなあ。明日、電話してみるかあ」

 その一言を井戸に告げた時、私の中でこれから起こることへのワクワクした気持ちが湧いてきた。もちろん、取材を受けてもらえるかどうかはわからなかった。断られる可能性のほうが高いと思っていたが、そのことはあまり気にならなかった。

 翌日の午前中。私は、森田の携帯に電話をした。

 すぐに電話から「もしもし」と声がした。知るかバカうどんを取材したいという旨を告げたが、すぐに色よい返事はなかった。森田は決して安請け合いをしない男である。かつ、容易に人を褒めたりもしない。彼に最初に出会ったのは、まだ新橋にあった頃の一水社の応接室だったと記憶している。その時も「あんたが昼間さん?」といって、その少し前に書いた記事への批判から始まった。そうした、おべんちゃらで、お茶を濁したりしない態度が、逆に彼を信頼できる要素でもある。

「担当編集者に相談してみるけどさあ。昼間さん、なんだか警戒されているからねえ」

 森田の言う通りで、警戒される心当たりは幾つもある。ルポライターとして取材し、記事を執筆する中で、出版社の経営上の問題だとか、不祥事やトラブルだとか当事者にとっては書かれて面白くないことを公表する機会も多いのだ。中には面と向かって「昼間さんって、評判よくないですねえ」といってくる人もいる。おおよそ「自分はそうは思っていないのですけどね」と装いながら、である。けれども、森田はそんな類いの気味の悪いオブラートで包んだ対応をしたくて、そのような言葉を吐いたのではなかった。僅かな言葉で、ぜひ取材をしたいという私の想いは伝わっていたし、森田の頭の中では、それを実現する最良の方法はどれかという問いがグルグルと回っていたはずだ。

「ひとまず、担当編集に打診してみるから、簡単でよいので企画書と……こんな感じの記事になりますって、何か見本になるような署名記事のリンクをおくってよ」

 最後まで「大丈夫」だとか「任せろ」とは一言も言わなかった。信頼と不安とが相半ばした。そこで、電話を切ってから私は、これまで『おたぽる』に寄せた記事の中から、これなら知るかバカうどんの担当編集者の警戒心を解くことができるだろうと思うものを吟味した。

 WEBニュースサイト『日刊サイゾー』を出発点に、その後立ち上げられた『おたぽる』に原稿を寄せるようになって、随分になる。生活のため、次の取材費のためと日々原稿の量産は続いている。ネットのニュースサイトという特性ゆえに、世間の誰も知らないようなマイナーなネタにでも「メディアの取材」という看板を与えてくれるのはありがたい。しかし、日々量産する記事の中では、当然、公開されてから「しまった」と思うものもある。「ふざけんな」とか「昼間死ね」という意見が来るのは、仕方ない。そうではなく、もっと斬り込むことができたはずだとか、構成が甘かったとか、立ち位置を間違っていたと後悔することは、しばしばある。むしろ「してやったり」と達成感を感じることなど、一年に一度もあるかないかだ。

 そんなことを考えながら、選び出した幾つかの記事のリンクを森田に送ると、2時間ほどして電話がかかってきた。

「よかったねえ。とりあえず、オッケーだと言っているよ」

 森田の声は嬉しそうだった。彼自身が、これまでどこのメディアも取り上げていなかった「史上初の知るかバカうどんインタビュー」の実現に興奮しているようであった。森田は、作者本人もこうした取材を受けるのは初めてで、何を聞かれるのか不安なこと。そこで、事前に質問項目を送ってほしいというのであった。普段ならば受け入れ難い、事前の原稿確認の申し出も、本人の不安な心持ちを考えてすんなりと承諾した。

 一週間ほどをかけて、20個ほどの質問項目を整理した。一度に短時間でできる作業ではない。本棚に投げたままだった『ボコボコりんっ!』を、原稿を書くときに使っている作業机の傍らに置いて、ほかの仕事をこなしつつ、何かその気になるたびに、読み返す。同時に、取材の時に必ず聞かなければならない、基本的な質問事項も整理していった。1ページごとに、時に丁寧に、時にパラパラとめくりながら、付箋をつけていく。重要なところだけでなく、ふと何かを思ったところにも構わず付箋をつけていく。著書のある人物に取材する時には、付箋の数が多いことが相手に対する敬意にもなるというのは、昨年、フリーライターの武田砂鉄に聞いた手法だ。そのことに妙に納得してから、私も以前にも増して使う付箋の数が増えている。「ここだ!」と何かを感じるたびに、50ミリ×15ミリの付箋をページの隅に貼り付けていく。あまり付箋の数が多くなると、次第になんのために付箋をつけたのか、わからなくなってしまいそうだ。けれども、そんな時にはむしろ過去の自分と「お前は、なんのためにここに付箋をつけようと思ったのか」と対話する時間が発生する。その作業を繰り返しているうちに、次々と新しい、知るかバカうどんに対する興味が沸いてくるのだ。

 そうやって作品を読み込みながら、同時にネットでも情報を探す。本人のTwitterや、pixivを見て、検索をかけて読者の感想を読んでいく。とりわけ、本人のTwitterとpixivとは、さらなる興味を喚起した。Twitterというのは、ともすれば頭の中で思ってしまったことを、相手の気持ちを推し量るといった考えもなしにダイレクトに吐き出すものだと思っている。顔を知っている人までもが、口汚い侮蔑の言葉を投げかけてくることもある。人間の飾り気のない生の言葉がぶつかることもあるツールには、様々な情報が詰まっている。

 では、知るかバカうどんがTwitterで綴っている言葉がどうかといえば、決して口汚いものではない。しかし、その短い言葉には恐ろしいほどにぞくっとさせられる。今、原稿を書きながら、ざっとTwitterを見てみたが、そこにも刺すような言葉が次々と投げ込まれていた。

《舐め腐りやがって殺したろか》

《本気で生きてない奴に文句なんか言われる筋合いないわ》

《あースッキリした だから現実は嫌いぽよ うどんちゃんはやっぱりインターネットで生きてるぽよ(๐•ω•๐) ムカつく奴殺すために今日も漫画描くぽよ~》

 文中で再現するのは困難だが、実際にはハートマークや、様々な絵文字を多用しながらTwitterは毎日、何度も更新されている。そんな世間のすべてを恨み呪っているのかという想いを抱かせる文章とは裏腹に、アイコン画像はアニメ『おねがいマイメロディ』の可愛らしいキャラクターなのである。

 pixivで公開している作品もまた、興味を惹いた。2011年4月10日付で登録されている投稿作品「やみやみはたたん」は、ゲーム『東方project』の登場人物・姫海棠はたてが激しくリストカットをしているというものであった。その作品には、微塵も「ウソ」が感じられなかった。これは私の持論だが、エロやグロという、人間の根源ともいうべき部分をマンガには、作者の内心が叩きつけられていると思っている。いかに技巧を施したり、もとより絵の才能があったとしても、作者自身がそこになんらかの快感を感じていなくては、薄っぺらくなってしまう。絵の巧拙よりも、作者自身の描きたいとか、描くことによって気持ちよくなりたい、無様な気持ちになりたい等々、様々な欲望がむき出しになっていてこそ、見た者は圧倒されるのだ。「やみやみはたたん」には、いまだ発展途上というべき技巧ながら「なんだかよくわからんが、とにかく凄い」と、観た者を圧倒させる要素があったのだ。

 いったい、このような作品を描く、知るかバカうどんとは、どういう人物なのか。知りたいことが積み重なり、質問項目は増えていった。

 途中、待ちきれなくなった森田から催促の電話も受けて、インタビューの日取りが決まった。いつも冷静な森田自身も、私の取材に興奮していたようだった。「史上初の知るかバカうどんインタビュー」という言葉を、何度も使った。お互いに、いったいどのようなインタビューになるのか、期待と興奮が渦巻いていたのだろう。私はメールで、「7月5日の"月曜日"」にという打診に「承知しました」と答えていた。7月5日が火曜日だと気づいたのは、いよいよ明日が取材日かと森田のメールを見直していた3日の昼頃であった。

 こうして物語は、ようやく入口へとたどり着いた。

【秘録的中編ルポルタージュ】初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」のページです。おたぽるは、マンガ&ラノベhentaiインタビューボコボコりんっ!昼間たかし知るかバカうどんの最新ニュースをファンにいち早くお届けします。オタクに“なるほど”面白いおたぽる!

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