アイドルの処方箋 第5回

——地下アイドル“海”を潜行する、姫乃たまがつづる……アイドル界を取り巻くココロのお話。


姫乃たまがつづる……アイドル界を取り巻くココロのお話

 私が通っていた中学校は、敷地の真ん中に池があった。

 ある日、授業中に落とした鉛筆が、同級生達の足元を延々と転がっていくのを見て、ふと校舎が傾いているんじゃないかと思った。窓から身を乗り出してみると、たしかに校舎も体育館も、中央の池に向かって傾いているようだった。そのまま私も池に向かって飛び降りてしまいたかった。

 放課後、誰もいない教室の床にそっと鉛筆を置いてみたら、ころころと池があるほうへ転がっていった。校舎は本当に池に向かって傾いていた。

 早く、校舎も、体育館も、校庭も、池に向かって傾いて沈んでほしい。

 そう思わずにいられなかった。遠くの廊下から生徒達の騒ぐ声が聞こえてきて、死にたい気持ちと、殺したい気持ちが、同時に押し寄せてきた。

 先日取材中に、「姫乃さんは地下アイドルになったことで居場所を見つけたって言うわりに、生きづらそうですよね」と対談相手から言われて冷やっとした。その通りだけど、理由を話す気になれなかったからだ。

 私にとって、中学時代は生きづらさのかたまりだった。

 誰とも噛み合わない会話や、集団行動への嫌悪感からは、自分の社会性のなさを突きつけられるようだった。

 学校も地獄、きっと大人になってからも私は社会で生きていけない人間なのだろう。

 あの頃の恐怖は、大人になって居場所を見つけてからも拭いきれない。私は手放しで安心することはないし、何年も文章にすらすることができなかった。

 中学生の時、なにもかもすべてがダメ、という感じだった。誰だって多かれ少なかれそうだったのかもしれないし、「そんなことない、楽しかった」という人もいるのかもしれない。私にとって学校生活をそつなく送れる子たちは少し変で、ものすごく特別に見えた。その子たちも、本当のところは何を思っていたのかわからないけど、もし本心は辛かったのだとしたら、私には辛抱強さが足らないのだと思う。

 いずれにせよ、誰かと中学時代の話をすることはないので、私はいまだに少しだけ孤独だ。

 私の中学校生活はまさに終わりなき日常だった。

 ノストラダムスの予言はとっくに外れていたし、ブルセラブームも廃れていたうえに、上の世代が暴れん坊だったせいで、誰の素行も悪くないのに校則の締め付けばかりがきつくなっていた。少しでも目立つ奴がいたら校則のせいにしてすぐに潰してやろうという雰囲気が学校中に充ち満ちていた。

 地毛が栗色の子が黒染めさせられているのを見て、身震いした。とにかく生徒が自然体でいることは許されなかった。

 そんな環境に入学してすぐ、私は女の先輩たちから「生意気」と言われるようになった。年齢がひとつふたつ違うだけで、こんなに人に対して強く当たっていいものかと驚いた。

 母親は、「私も先輩から生意気だってよく言われた」と慰めてくれた。私も母親も、意志の強そうな顔立ちをしている。

 最近も似顔絵を描いてもらったら、「キツイ顔になっちゃいました」と謝られた。でも似顔絵はよく似ていた。服装や喋り方に緩和されているだけで、私はキツイ顔をしている。中学校でみんなと同じ制服を着ると、それが際だった。

 私と同じ中学を卒業している伯母は、体育館に呼び出されて馬乗りにされたと話してくれた。さすがにそれはひどすぎるのでは……と思ったけど、馬乗りするほど暴力的になれない環境が先輩たちを陰湿にしているのも明らかだった。

 いつまでこの生活が続くのか。人生はずっとこんなものなのか。退屈と絶望だけがあった。

 同級生とは話が合わなくて、オタク気質の子と仲良く喋ることが多かったけど、私はアニメにもボーイズラブにも興味がなかったので、肝心なところでわかり合うことができなかった。担任の先生からは、「なんか目立つから」という理由で三つ編みで登校するようにお願いされた。

 私はヒップホップが好きだった。「妄走族」っていうグループが好きで、ずっと『PROJECT 妄』というアルバムを聴いていた。今でも聴いている。

 喧嘩がどうとか、大麻がどうしたみたいな歌詞ばかりだけど、ラップにできるほど、好きなことや主張があるって羨ましくて、同じような趣味の人たちが集まっているところも羨ましかった。彼らも十数年前には私と同じ町で中学生として生きていたはずなのに、住む世界が全然違った。

 私は、ずっとこんな世界で生きていくのだろうか。

 去年の12月に、DJとして三重県の伊勢市に呼んでもらった。そこで10代の男の子と会った。彼はそろそろと近づいてきて、「大阪までCD買いに行きました」と話し掛けてくれた。驚いたし、嬉しかった。

 いろんな話を聞いた。音楽が好きで、でも好きなバンドはみんな東京にいて、地元には話せる友人があまりいないこと。好きなバンドの曲はカラオケで配信されていないから、iPhoneから音源を流してカラオケで踊っていること。最近、音楽活動を始めて、彼の周りにはやっぱり同じような子があんまりいないこと。

 彼と会ったのは伊勢市の一軒家を改装したようなイベントスペースで、DJ機材や面白いカセットや洋服が並んでいた。彼は大人たちに囲まれてライブをしていた。

「俺、いつか……」と言ったまま悩んで、「絶対やってみせるんで!」とまっすぐな目で私に言った。ふと、中学生だった自分を思い出した。何十人もいる教室で誰とも話が合わなくて、先生って全然しっかりしてなくて、何もなかったあの頃。

 彼は自分で居場所を見つけていて、すごいなと思った。

 もし地下アイドルになっていなかったら、私は今頃どうしていただろう。

 居場所を見つけるのが下手だった私。

 今でも時々、私の中で中学生の自分が怯えているような気がする。

●姫乃たま
1993年2月12日、下北沢生まれの地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。

★Twitter<https://twitter.com/Himeeeno

★姫乃たま3rdワンマンライブ「アイドルになりたい」
日時:2017年2月7日(大安吉日) OPEN/START 18:00 / 19:00
会場:渋谷WWW(東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下)
ADV./DOOR¥2,500 / ¥3,000

ACT:姫乃たま / 僕とジョルジュ
DJ 中村保夫(和ラダイスガラージ)

チケット絶賛発売中!▼
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002205215P0030001

潜行~地下アイドルの人に言えない生活

潜行~地下アイドルの人に言えない生活

本の中でも言えなかったお話し

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