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『ユトラント沖海戦』(白泉社)

 今回も、艦娘どころかヒロインは一切出てこない! でもそれがいい!

 独特のタッチで海戦を描き続ける黒井緑氏の2冊目の単行本『ユトラント沖海戦』(白泉社)が発売となった。

 19世紀から二次大戦までの海戦を偏愛する黒井氏が描くのは、長大な戦記ではなく、わずかな時間で決着のついてしまう海戦の、その瞬間だ。描かれるのはわずかな時間軸なのだが、黒井氏は、瞬間に訓練や航海の苦労、さまざまな人間ドラマを込められていることを読者に絶妙に訴えかける。

 例えば収録作「ビスマルク号を支援せよ!」では、イギリスによるビスマルク追撃戦を、ビスマルクの支援についていたU556の視点から描く。ここで主題となるのは、すでに物語が始まるまでの戦闘で、U556が魚雷を撃ち尽くしてしまっていること。敵の空母を魚雷の射程に収めながらも、なんらなすすべがないU556の忸怩たる思いが、読む者の心を捉えて放さない。それでも、味方潜水艦を呼び寄せようと誘導電波を発信しながら、必死に追いすがるシーンには魂が燃えるだろう。

 黒井氏の独特のタッチで描かれる軍艦も熱いわけだが、すべての作品でセリフもすべて手書きである。それが、また登場人物たちのセリフの生々しさを感じさせるのだ。加えて、どの作品でも国籍・人種関係なく人物は似たような雰囲気をしている。この無個性がまた、海戦にはヒーローなどいなく、なんの因果か同じ船に乗り合わせた水兵たちが、一つの魂となっていることを暗喩しているように思えてならない。

 黒井氏の偏愛ゆえに、蝦夷共和国軍と新政府軍を描く「宮古湾大海戦」など、マニアックな作品も収録しているわけで、初めての読者は面食らうかもしれない。なので、まず読むのは「涼月戦記」あたりから読み始めるほうがよいかもしれない。

 この作品は、大和の沖縄特攻に随伴し奇跡の生還を果たした駆逐艦・涼月を描くものだ。

 この生還劇そのものが、泣けるドラマなのだが、この作品で注目すべきは戦闘シーンの緻密さだろう。なにせ散々戦闘シーンを描いた後に「五分しか経っていない!? なんて長い一日だ……」というセリフが出てくる。そこまでの戦闘で次々と僚艦は被弾し沈没しているのだ。血の滲むような猛訓練の成果すらも一瞬で吹き飛んでしまう、海戦の冷酷さがこのセリフには詰め込まれているだろう。

 そして、魚雷を避けて回頭を繰り返す大和を必死に守ろうと離れては追いつき、近づきすぎては衝突を避けてギリギリで避ける、駆逐艦ならではの姿も細かく描かれている。これまで沖縄特攻をテーマとする作品は、だいたいが大和を中心として描いてきた。だが、随伴艦に視点を変えれば、同じ時間軸でまったく違うドラマがあったことに震えてしまう。

 とにかく熱い男のドラマしか描かれない黒井氏の作品。でも、過剰な汗臭さがないのも特徴だ。

 黒井氏は後書きで「この漫画にあるのは軍艦だけ、前にもいったでしょう」とわざわざ女性キャラを書いて「知らずに読んだ人すみません」とまで記している。こんな遊び心があるから、熱いのに汗臭くない独特な世界を描けるのだろうと思った。
(文=是枝了以)

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