ライブハウスには魔物が棲む

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 モトシンカカランヌー、という言葉が沖縄にある。資本(もとで)のいらない商売、娼婦・やくざ・泥棒のことだ。顔をしかめるむきもあるだろうが、売文という職業もその同類だと、私は思っている。

 元祖ルポライター・竹中労の言葉に感銘を受けて、その背中に追いつき追い越そうとして十余年。ようやく『コミックばかり読まないで』を上梓した昨年の12月29日。私は新宿百人町にある、トークライブハウス・ネイキッドロフトで新たなトークライブを開催していた。

『年末特別企画 実戦ライター入門講座
若者よ、反骨のルポライター ・竹中労に学べ!「自由な批評、愚かな批評」』

 トークライブのタイトルは、こう決まった。「自分で取材しなければ書きません」と断言し、60年の生涯の中で地を這うような道程の中で自分の耳で見て、聞いたものを書き続けた竹中労。そんな人物をリスペクトして止まない人々が集い、体験的ルポルタージュの魅力を語り尽くそうと思った。

 出演に名を連ねたのは、初の著書『紋切型社会』が話題を呼んでいた武田砂鉄。そして、32歳で竹中労と出会い、魅力に惹きつけられ一部始終をしるした『竹中労 左右を越境するアナーキスト』を著した評論家の鈴木邦男の二人。

 この企画のことを、最初に伝えたのは竹中労の妹で甲府で父である画家。竹中英太郎の作品を展示する「湯村の杜 竹中英太郎 記念館」の竹中紫館長であった。紫館長と初めて出会ったのは、2013年7月。この年、記念館で行われた企画展「竹中英太郎・労 父子展」の時のことであった。はじめて訪れた私を、紫館長は歓待してくれて、何時間にもわたって竹中労の思い出を語り、秘蔵の資料も見せてくれた。それ以来、欠かすことなく交流は続いている。そんな紫館長はトークライブの企画に感動して、すぐに当日は甲府から駆けつけることを約束してくれた。私もまた、多くのゆかりのある人に声をかけることを約束し、終演後には忘年会を開くことも決めた。こうしてトークライブは忘年会と一緒になった、またとない竹中労を語る企画となった。

 でも、そこにはこれまで話していない経緯があった。それを、ここでは正直に述べようと思う。

 最初、このトークライブを提案したのは、元ロフト映像部門で、これまで単行本や映画まで数々の仕事を共にしてきた、増田俊樹。この増田が後輩を育てようと企画を提案したのが、会場であるネイキッドロフトの担当・小柳元だった。突然、企画を振られた小柳は少し恐縮気味だった。

「僕なんかが担当でいいのでしょうか」

 小柳は、読書家である。私が読んでいないような本、とりわけ時代や世代を素描する作品をめざとく見つけては熱心に読み込む。それらの著者を招いてのトークライブも次々と開催していた。そうした実績を認められて、現在は出版部門のロフトブックスに所属している。

 そんな彼だからこそ、竹中労という「巨人」を自分が担当してもよいのかと思ったのだろう。だからこそ、彼が担当には相応しかった。

 私とはまったく視点を持つ、小柳に担当してもらうことの意味は、決まり切ったものではない新しい血を入れたかったのだ。

 加えて、これまでも小柳が私に「こんなトークライブがあるんですよ」と小まめに知らせてくれる関係にあったことも、一緒にトークライブを開催したい大きな理由だった。ロフトプラスワンをはじめ、ロフト系列のトークライブハウスとしての矜恃は、決して「貸し小屋」商売を行わないし、出演者に不当なノルマを与えないことにある。様々な出演者は、日頃からスタッフと連絡を取り、飲みにいく関係になり、様々なトークライブを生み出してきた。オーナーであり席亭を名乗る平野悠は、今でもなんの前触れもなく突如トークライブに顔を出す。いかに客が入っていても、出演者が上から目線で小難しいことを話したり、表面的なトークをしていれば容赦はない。客席の後ろのほうから、檄を飛ばし野次も飛ばす。それが時には出演者を奮起させ、時には客同士の喧嘩を巻き起こす。そんな騒々しさの中で40年、数多のミュージシャンや物書きなどが育っていった。

 そんな場に7年余り身を置いてきた小柳と共に作りたかったのは、次の世代へと渡すバトンになるトークライブだった。単に竹中労をリスペクトするだけではない。浮ついた上から目線のわかったような文章がはびこり、なんら世界観のない言論がもてはやされる現代に、研ぎ澄まされたペンを奮う迫力のある物書きとはこういうものだということ。こういう生き方もあることを、もっと若い世代にも知ってもらいたかったのだ。

 こうして、トークライブのアイデアは固まった。出演者に鈴木と武田を招こうという案もすぐに決まった。鈴木は前述の通り『竹中労 左右を越境するアナーキスト』の著者。武田もまた、河出書房新社に在籍していた頃にムック『竹中労 没後20年・反骨のルポライター』の編集に携わり、その熱さに震えた人物であったからだ。

 すんなりと企画の方向性が決まり、出演者が揃ったことで、このトークライブは上手くいくと思っていた。

 すぐに鈴木と宣伝動画を作成しSNSなどで拡散した。29日という年末ギリギリの日程ではあるけれども、逆に普段は会社や学校で慌ただしい人々も、問題なく参加してくれるだろうと考えていた。この時点で、11月初旬。一ヶ月半あまりの間、私たちはネットから口コミまで、とにかく竹中労の魅力を語りトークライブの集客につとめた。

 12月初旬になり、小柳に前売り予約を確認した既に40人あまりが予約していると聞いて、正直ホッとした。

 けれども、予約の多くが竹中労に魅力を感じた人たちというわけではなかった。

 大半が『紋切型社会』で脚光を浴びている武田の出演する場に身を置き、その写真をFacebookに貼り「いいね」を貰って、優越感を持ちたいと思って予約したであろうことは、すぐに理解した。なぜなら武田の本は、発売直後から話題を集めて二刷、三刷と版を重ねていた。武田自身も多くのメディアに出演するようになっていた。対して、私の本は出版はされたものの、文字通り「そこそこ売れている」に過ぎなかった。そこに忸怩たる思いがなかったかといえば、ないはずはない。とはいえ、それは劣等感なんかの類いではない。

 負けているけれども、武田とはそんなレベルではない、同じ釜の飯を喰らうような、付き合いをするに値する相手だと思っていたからだ。武田と最初にあったのは、いつだったか。お互いに、どこで出会ったかを忘れてしまったが、覚えているのは初対面にも拘わらず、竹中労の魅力を徹底的に語り合ったことだった。それっきり、彼のことを忘れていたのだが、武田は河出書房新社をやめてフリーライターとして一本立ちする時に、退社の挨拶メールをくれた。私が返信の中で「どこでお会いしたか思い出せないのですが……」と記したところ、武田は「私も思い出せないのだが、竹中労について語り合ったことは覚えている」旨の返事をくれた。だから、このトークライブではどちらが売れているなど、そんなことは関係もなかった。むしろ、武田が竹中労をテーマに語り合おう提案した私の気持ちに感動してくれて、純粋に嬉しかったのだ。

 多くの予約を得たことで、あとは直前までじっくりと打ち合わせをすればいい。そう考えると、俄然当日が楽しくてたまらなくなった。とはいえ、そんな気持ちとは裏腹に、師走は生活のための原稿書きでとてつもなく忙しかった。増田から、ちょっと出てこいとか、小柳から、ちょっと店に遊びに来ないかと誘いもあったが、多忙を理由に放っておいた。そのうち3人で集まればよいと思っていたら瞬く間に天皇誕生日の前日になっていた。

 開催の一週間ほど前になって、増田からいつもとは違うトーンで電話がかかってきた。私が打ち合わせをいっこうに開かないために、機嫌が悪いのかと思ったら、違った。

 私たちのトークライブの翌日、30日にグループ店舗の阿佐ヶ谷ロフトAで開催されるトークライブ「すべてのニュースは賞味期限切れである 大忘年会」に、武田の出演が告知されていることを見つけて、電話してきたのだった。このトークライブは、有料のコラム配信サイト「cakes」によるトークライブだった。このサイトで、武田は「ワダアキ考」というタイトルでテレビや芸能ニュースについて論評する連載を持ち、話題になっていた。出演者には、武田のほか、社会批評で人気を集めている速水健朗が名を連ねていた。

 増田は、現場感覚や経験値は高いがネット事情に疎い。そこで、前述のようなサイトや出演者がどういうものかを、私はひとつひとつ、自分の感情をごまかしながら、うえから目線で、難しい単語を使って説明して増田の気を削ごうとした。

 説明しているうちに、腹が立ってきた。電話の向こうの増田は冷静なのに、私は一人で腹立たしさが止まなかった。

 今だから、話すのだが。この時の私は一つの言葉を思い浮かべて腹を立てていた。

 <トークライブ潰し>

 武田が集客のひとつの柱であるとすれば、あからさまなトークライブ潰しであった。本来、ライブハウスであれば、それぞれのトークライブに損のないように調整をするところだろう。

 かつて、今よりも系列店が少なかった頃には、ブッキング担当者は常にいずれかの店に集っていて、こうした問題を処理していた。けれども、店舗の数も増えて、それぞれのトークライブハウスが独立してブッキングを行い、ライバル関係にある中では、まま起こりうるしようのないことであった。

「このままじゃ、こちらの客を持っていかれるぞ」

 それは、平野の下で修行して様々なトークライブを企画してきた増田の経験に基づく勘であった。でも、私はその忠告に、こう応えてしまった。

「いや、大丈夫ですよ」

 増田からの忠告は「トークの方向性の違いと魅力を記事書けば、お客は両方に来てくれるだろう」というものだった。なのに「トークライブ潰し」に怒りを抑えきれなかった私は、電話を切った後にこう考えていた。

「刺し違えてやろうじゃないか」

 その結果、私は悪い方向にばかり考えて、鬱っぽい仮病で周りとの交流を避けていた。

 12月28日は、一年以上東京地裁に通い取材してたCG児童ポルノ裁判の公判の日だった。検察官が眠たくなるような文章を読み上げている間もまったく気乗りがしなかった。その間にも、増田から電話。かと思えば小柳から。また増田から電話がかかってきたが、電話を手に取ることに怯え。早々に、自宅で布団をかぶってしまった。

 もちろん、増田や小柳も私を追い込む電話をかけてきたのではない。またいつものクセが出たと察して、心配して電話をくれたのだった。留守電も「裁判の取材、お疲れ様です」と丁寧なものだった。

 その間、増田と小柳は逃げていた私の仕事の遅れをフォローしようと合流していた。二人は、私が来なければ増田が司会進行を担当し、、ポスターを貼ったりなどの設営や、物販や質疑応答などは仕切りは小柳と、こまかく担当を決めることで、万が一に備えていた。その上で、二人で必死に資料に目を通して竹中労の魅力。問題提起や質疑応答で重視する部分を遅くまで話し合っていた。後から聞いたのだが、深夜零時を回ってから、私が作成すると啖呵を切っていた会場に掲げる竹中労の遺影を制作する作業を始めたのだという。

 そんな気持ちも知らずに、私は「時間通りにいきゃあいいんだろう」と布団をかぶてふてくされていたのである。

 当日、11時集合に40分も遅刻した。

 幸いにも、鈴木も武田も楽屋には入っていなかった。

 楽屋に入るのは気が引けて、直接店に入った。すっかり装飾や準備は整っていた。

 増田と小柳が打ち合わせをするテーブルには、竹中労の資料が山と積まれていた。

 その姿を見て、自分の大人げなさを恥じた。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 これが巨大資本のライブハウスだったら、絶対にトラブルになっているはずだ。でも、気心が知れている増田は皮肉交じりの冗談を呟いた。

「昨日の夕方からたっぷり睡眠をとって、鋭気を養ってくるなんて、さすがは単著を出した先生は違うねえ」

 恥ずかしくて、目も合わせられなかった。

 さらに、なにも知らないはずの武田も事情を察したのかばつの悪そうな顔で現れたので、私は余計に申し訳ない気持ちになった。

 最悪の予想に反して、会場は満席だった。ところが、開演10分ほど前に小柳から予約した客の大半が来場していないことを知らされ、なんとも不思議な気分になった。

 では、なぜ満席になったのか。

 会場は大人で埋め尽くされていて、若者は数えるほどしかいなかった。これからの人ではなく、竹中労を知る人。本当のファンや関係者だった。こうして、人に刺激を与えようとしたはずが、ちょっとした驕りの結果、もっとも私が刺激を受けることになったのである。

 こちらのたっての願いで、壇上で挨拶してくれた紫館長は、次々とこれまで誰も本には記していない兄とのエピソードも語ってくれた。こうしてトークライブは、終演後の忘年会まで大いに盛り上がったのである。

 ではなぜ、今頃になってこの一件を記さなければならないと思ったのか。

 それは先日、本サイトで記事「炎上商法? 代アニLIVEステーションの「無断キャンセル」騒動 アイドル側は3月以降、打ち合わせすら一切せず」が公開されてからのことだった。アイドル側の主張がネットで流布されてるから、一方の会場運営側の話も聞いてみたいというのが出発点であった。だが、紹介者もいたこと。さらには、さほど話題になる記事ではないし、月末の請求書の締め日が近づいているので、多少手を抜いてもよいから、さっさと書いてしまおうという、目先の原稿料が先立ち、ルポルタージュではない、誰でも書ける記事にしてしまった。

 だから、これを書いた後に、とてつもない悪寒を背負い、居心地の悪さを感じた。

 記事では、当日いけばよいと考えた、アイドルを批判したのにここまで記したように、私自身が当日いけばよいという態度を取っていたのである。

 そのことを忘れて、肩を持たなかった側の意見は既にネットに数多く出回っているからと、店の意見だけで、ままあることとしてまとめようとしてしまった。代アニLIVEステーションとロフトを単純に比較することはできないが、ロフトが無数の伝説的なムーブメントを生み出してきた真の理由は、ここにある。

 正直に記すと、ロフトの各店舗でトークライブを企画しようとすると、担当者はとにかくうるさい。耳の痛いこと、余計なお世話だと思うようなことも平気で意見してくる。正直、うざいなあと思うことは何度もあった。

 でも、それはオーナーの平野が40年の歴史の間に生み出してきたロック魂が、スタッフ各自に生きていることを示していることにほかならない。

 そうした、ライブハウスの根の部分を忘れて、月末だからと誰にでも書ける取材記事にしてしまったのは、本当に悔やんでいる。

 だが、時間は戻らない。

 そんなことを考え少しばかりトークライブの企画から手を引こうかと思っていたら、また新たな義理を二つ抱えてしまった。

 現在、私は9月30日にLOFT9 Shibuyaで開催される映画『ベースメント』 先行上映トークライブ「アンダーグラウンドに潜む女子たち」の準備に追われているのだ。

 このトークライブの発端は、私とは十年来の付き合いであるライターの井川楊枝が、昨年刊行した『女子高生ビジネスの内幕』(宝島社)がきっかけだ。この本が評判になったことを受けて、二人でトークライブをできないかと話し合っていたら、井川がこんなことをいいだした。

「自分も、これまで取材で見聞きしたが文章では表現できないことが山のようにある。昼間さんも同じでしょう。そうしたことを、トークライブではなく映像のの形で表現してみたいと思って、増田さんと企画を練っているのです。相談に乗って下さい」

 こうして、映画の企画は順調にスタートし、幾度も脚本の書き直し、出演者やスタッフを集め8月にはクランクアップしていた。そこから当日まで、井川を中心として、じっくりと映画を仕上げつつ、トークライブを宣伝していく予定だったのだが、ここでまたハプニングが起こった。井川が長らく取材していたAV女優の人権、出演強制の問題が、にわかに注目を集め10月に緊急出版することになったのだ。そこで、急遽、増田が映画の仕上げまでを引き継ぎ、私が宣伝を担当することになったのである。

 このように、様々な人々が集い、バトンを渡していくのが、ライブハウスという場である。先日、ロフトプラスワンでピースボートの旅から戻ってきた平野に会いに店を訪れた。LOFT9 Shibuyaの開店準備をスタッフに任せ旅立った平野。もう、引退する気なのかと思いきや、まったくそんなことはなく相も変わらず、トークライブの最中にスタッフに大声で駄目だしをし、演者に野次や檄の手を緩めない。井川から、あれこれを託されて少々肩の荷が重たいのは事実が、この平野の姿を見て、改めて、こうじゃなければいけないぜ、ロックは!という気持ちになった。そんな私たちの顔をみて、平野は「チケットは売れているのか」と追及してきた。ちゃんと売れていることを説明しても、なお「じゃあ、映画の内容はどうなんだ。どうせろくなもんじゃないんだろう」と絡んでくる。

 その平野の姿にも、また竹中労的なものが見え隠れする。ある意味、こういった世代の人。年齢を重ねてもなお、戦いを止めない人には勝てない。ゆえに、自分たちも、なにかを伝えなくてはいけないと思うのだ。

 10月15日には、甲府で「竹中労 没後25年 今ふたたび「戒厳令の夜」特別上映会と労を偲ぶトークのつどい」が竹中英太郎記念館の主催で開催される。実は、没後25周年を迎えて、こちらからも「なにかやりましょう」とは話していたのだが、昨年のトラウマもあって、時候の挨拶程度しかやってなかった自分は情けない。それでも、紫館長が自ら準備した企画に、なにかが生まれる可能性を感じる、この催しには絶対に駆けつけなくては、ならないと思っている。竹中労の最晩年の著作は『たまの本』。常に若い感性を持ち、孤高に走り続けた一個の人間の生涯を追い、追い越そうと思えば思うほど、竹中に引き寄せられる。

 この文章では、単に表面的な反省など語る気などなく、伝えたかったのだ。

 現代の事象を、切り取って語ることに長けた物書きは、いくらでも量産される。そうしたヤツらは物書きを踏み台にして、大学教員だとか番組のパーソナリティーのような、スポットライトのあたる世界を目指すわけだが、そんなものには興味がない。

 私が、やろうとしているのは、そんな雲の上と真逆の世界なのだ。

 昨年、私たちのトークライブの翌日、「cakes」や速水のファンである小柳や知人の編集者が「昼間さん、偵察に行って来ますよ」と阿佐ヶ谷ロフトAに出向き「昼間さんのほうが、面白かったですよ」と、おべっかを使ってきたが。

 だが、そんなものは私には通用しない。


 ここまで書いた上で、読者のみなさんに誤解のないように記しておきますが、私は「cakes」にも、速水さんにもなにも恨みはありません。

 なぜなら、原稿の依頼が来たら、当然編集者と書き手は、同じ敵に向かって攻め込む戦友になるからであります。
(文=昼間たかし)

●昼間たかし
ルポライター。昭和50年、岡山県生まれ。言論・表現の自由、地方の文化や忘れられた歴史などテーマに取材する。近著に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)、『これでいいのか東京都大田区』(共著、マイクロマガジン社)。
公式サイト http://t-hiruma.jp/

<イベント情報>
『ベースメント』 先行上映イベント
「アンダーグラウンドに潜む女子たち」

第一部
『ベースメント』
企画/増田俊樹 監督・脚本/井川楊枝 出演/窪田美沙 璃乃 増田俊樹 成田賢壱 サイトウミサ 落合萌 鎌田秀勝 山本夜羽音 熊篠慶彦 鈴木邦男(特別出演)

第二部
現役アイドル × アンダーグラウンド
JKビジネス、貧困女子、地下アイドルなど時代のキーワードを探るバトルトーク

【出演】
窪田美沙(仮面女子)
璃乃(LEVEL 7/ミス東スポ2015)
増田俊樹(俳優/映画監督)
井川楊枝(ライター/脚本家/ディレクター)
昼間たかし(ルポライター)
鈴木邦男(評論家)
他 飛び入りゲストあり

日時:9月30日(金)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:LOFT9 Shibuya (東京都渋谷区円山町1−5 KINOHAUS)
http://www.loft-prj.co.jp/loft9/

ルポルタージュ・「代アニLIVEステーションの無断キャンセル騒動」の始末記のページです。おたぽるは、その他トラウマの最新ニュースをファンにいち早くお届けします。オタクに“なるほど”面白いおたぽる!

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