この男がいなければ、日本のアニメ文化はずいぶんと異なるものになっていたに違いない。『機動戦士ガンダム』はあれほどのハイクオリティーの作品に仕上がっていなかったかもしれない。『新世紀エヴァンゲリオン』は作られていなかったかもしれない。そして、何よりも第1次アニメブームを巻き起こした『宇宙戦艦ヤマト』は誕生していなかった。この男の名前は西崎義展(にしざき・よしのぶ)。職業はプロデューサー。西崎義展が原案・製作総指揮を務めた『宇宙戦艦ヤマト』のテレビシリーズ&劇場版の与えた影響力はそれほど大きく、アニメ界の常識を次々と破った。

 1974年に『宇宙戦艦ヤマト』のテレビ放映が始まったことで、アニメ番組の視聴者は大人へと成長していくに従ってアニメからは卒業していくもの、というそれまでの固定観念が覆された。松本零士が描いたキャラクターとメカデザインのフォルムの美しさ、高揚感を煽る宮川泰の音楽、放射能汚染という環境問題、地球滅亡まで1年間というタイムリミットの設定、そして未知なる宇宙へ旅立つという壮大なロマンに、オタクという言葉がまだなかった 70年代の元祖オタクたちは夢中になった。

 だが、その一方で西崎義展ほど悪名の高いプロデューサーもいなかった。『ヤマト』シリーズ以外の作品はヒットさせることができず、80年代には人気が低迷。97年と99年には覚醒剤所持と銃刀法違反で逮捕され、2007年まで獄中生活に。そして、キムタク主演の実写版『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(10)の公開直前に小笠原の海で事故死を遂げている。西崎が最期に乗っていた船には「YAMATO」と名前が付けられていた。『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(講談社)は西崎義展という男の濃厚かつ波瀾万丈すぎる人生を、そして過剰すぎるエネルギーが注がれたからこそ『宇宙戦艦ヤマト』が一大ムーブメントを巻き起こしたことを解き明かしたノンフィクション本だ。

 本書の第1章、アニメ業界に参入したばかりの西崎と“漫画の神様”手塚治虫との接触が描かれ、読者の心をいきなり鷲掴みにする。西崎はアニメの世界に入る前は、創価学会系の音楽団体「民音」からの仕事を請け負う芸能プロデューサーだった。だが、独断専行と女癖の悪さが祟って、欧州へ逃亡。ほとぼりが醒めた頃に帰国するも芸能界に居場所はなく、そこで目をつけたのが黎明期にあったアニメ業界だった。芸能界や創価学会の強者、各地の興行に絡む暴力団との交渉を日常業務としていた西崎にとって、アニメ業界はいくらでも付け入る余地のある牧歌的な新大陸だった。性善説を信じる手塚治虫が設立した虫プロに潜り込んだ西崎は、まさに羊の群れの中に紛れ込んだ一匹の狼だった。ピカレスクものを読んでいるような、ワクワク気分にさせられる。

 手塚治虫の金銭感覚のなさから虫プロは経営難に陥っており、子会社・虫プロ商事で経営立て直しの役割を求められた西崎は持ち前の口のうまさと押しの強さで、『ふしぎなメルモ』のアニメ化を大阪の朝日放送に売り込むことに成功。ヒロインの体が急に大きくなったり、小さくなるシーンにセクシャルな匂いを子ども心に感じさせた『ふしぎなメルモ』に西崎が一枚噛んでいたことに妙に納得してしまう。さらに音楽畑出身の西崎は三和銀行と提携したワンワンミュージカルアニメ『ワンサくん』を企画する。ワンサを逆さにするとサンワになる。ワンサくんは三和銀行のマスコットキャラクターにもなり、虫プロにキャラクター使用料が入ってきた。西崎はアイデアマンであり、若い頃に舞台俳優を目指していただけに会議でのプレゼンが抜群にうまかった。

 手塚治虫の信頼を得た西崎は虫プロをさんざんに掻き乱し、虫プロ倒産が確実なものになると混乱に乗じて、『海のトリトン』のアニメ化権を自分のものにしてしまう。西崎は才能ある人間を見抜く能力にも優れていた。富野由悠季監督は『海のトリトン』で監督デビューを果たすことになる。富野監督は虫プロで火事場泥棒的なまねをした西崎とは距離を置くが、その後『宇宙戦艦ヤマト』の大ヒットを目の当たりにして、『機動戦士ガンダム』を『ヤマト』以上の作品にしようと西崎への敵愾心をメラメラと燃やすことになる。さらに、『ヤマト』放映時に中学2年生だった庵野秀明監督は、アニメの世界から卒業することを見送る。70年代の『ヤマト』、80年代の『ガンダム』、90年代の『エヴァンゲリオン』は、言うなれば西崎を起点にした連鎖するエネルギー運動だったのだ。

西崎義展の爆裂人生!! 創価学会との繋がり、覚醒剤所持に、清純派アイドルとの不倫愛……etc. の画像2

2009年に劇場公開された『宇宙戦艦ヤマト復活篇』。企画・原作・製作総指揮・西崎義展というエンドクレジットの巨大さが観る者を圧倒した。

 虫プロでアニメ製作への手応えを感じた西崎は、自社「オフィス・アカデミー」でいよいよ『宇宙戦艦ヤマト』の製作に着手。アニメはお金を稼ぐための手段として考えていた西崎だが、彼は単なる詐欺師ではなく、希代の博打師だった。自分の持てる情熱と人脈のすべてをオリジナル作品『ヤマト』に張った。優秀な人材にはお金に糸目をつけずにスタッフに加えた。若手時代の安彦良和も『ヤマト』に絵コンテで参加し、西崎から放出されるエネルギー量に驚いている。「世間的にはアニメなんか隅っこ産業で、恥ずかしがりながらやるもんだと思っていたからね。でも西崎さんを見て、いい大人が本気でやってもいいんだと思わされた。真剣にアニメに取り組んでもいいんだとね」。西崎は連日連夜にわたって会議を開き、スタッフがいいアイデアを提案するとちゃっかり自分の意見として取り入れた。だが、そうすることで『ヤマト』はますます面白い作品となった。後に覚醒剤所持で捕まる西崎だが、徹夜の会議でも疲れ知らずだったことから、すでに何らかの薬物を使っていた可能性がある。西崎には世間やアニメ界の常識は通用しなかった。すべては『ヤマト』をより面白くし、大ヒットさせるためだった。

 本書の面白さは、西崎が手掛けたアニメ作品の評論には誌面を割かずに、創価学会との繋がりや暴力団と交流があったなどの実話系雑誌好みのエピソードをふんだんに盛り込んでいることにある。創価学会で暗躍した山崎正友弁護士とも太いパイプを持っていた西崎は、テレビシリーズの再構成にすぎなかった『ヤマト』を全国の映画館で上映するために、創価学会系の団体「民音」で前売り券を30万枚さばいてもらった。また、住吉会系の組長の葬儀に西崎は100万円の香典を届けたなど、アニメ史の裏側が明かされ、ページをめくる手が止まらなくなる。

 英雄、色を好む。西崎の女性問題にも言及している。愛人を秘書にし、秘書を愛人にした。5~7名の女性秘書を連れ、その半分とは愛人関係にあった。海外出張先にも愛人を同伴し、映画界の大御所・舛田利雄監督からたしなめられるが、改まることはなかった。西崎は全力で遊び、全力で働いた。そして遊びと仕事に境界線を引くことをしなかった。秘書だけでなく、アイドルタレントのH・Y、清純派としてならしたI・Mとも愛人関係にあったとある。数々のテレビドラマに出演したI・Mは既婚者である西崎と本気で結婚を望んでいたそうだ。I・Mの目には、西崎は猛烈にエネルギッシュでセクシーな男に映っていたことだろう。

 西崎は『ヤマト』の敵キャラ・デスラー総統に自分が似ていることを自慢していた。確かに美しいものを愛し、逆らうものには容赦しないデスラーは、見た目も性格も西崎にそっくりだ。そして、デスラー率いるガミラス帝国が滅亡していったように、アニメ界の風雲児・西崎も没落していく。本田美奈子を主演に起用した実写映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』(87)は不発に終わり、その後も増え続けた借金は約 80億円に膨れ上がり、破産宣告。さらに覚醒剤所持に自動小銃などの大量の武器を自宅マンションの地下駐車場に隠していたことで刑務所送りに。松本零士と『ヤマト』の著作権をめぐり、獄中裁判を開くことになる。転んでも、派手好きな性格はまったく変わらなかった。

 西崎という男は一体何者だったのだろうか。獄中にいた西崎の減刑を求めた阿久悠(『真っ赤なスカーフ』の作詞家)が裁判長宛に送った嘆願書の中の文面が、西崎の人物像を的確に語っている。西崎は個人プロデューサーとしての功績が大きい。企業社会の日本では社員プロデューサーがほとんどで、映画がコケても責任をとることはない。だが、個人プロデューサーは責任をひとりで全部背負い、作品が当たれば長者、外れれば借金生活というギリギリの人生の中で、西崎は『ヤマト』によってアニメ文化を広め、多くの才能を生み出していったと。人気作詞家だっただけに、阿久の書いた嘆願書には唸らせられる。ぜひ一読してほしい。

 西崎が小笠原で事故死を遂げた際、虫プロ時代から付き合いがあったベテランアニメーター・山本瑛一が東京新聞に寄せた手記も印象的だ。「彼は音楽のプロだったが、アニメはまったくわからなかった。会議で、私が文句をいいだすと、『ちょっと待って』と全員を部屋から出し、バタッと土下座して、『教えてください』と額を床にこすりつけた」「たしかに彼にとっては、アニメは金もうけの手段で、それも上手ではあったが、作品づくりになると寝食を忘れ、異常なまでの熱の入れようだった」。

 赤坂のデスラーを自称し、愛人たちをはべらせ、高級車やクルーザーを乗り回した西崎だったが、自分が手掛ける作品を面白くするためならプライドを棄てて、年下のスタッフに頭を下げることができた。悪魔のような純情さを持ち合わせた男だった。これほどまでの情熱を作品に注ぐプロデューサーは今の映画界、アニメ界にどれだけいるだろうか。
(文=長野辰次)

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この人のおかげで、今、アニメが観られるんですね。

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