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宍戸留美

「ロッテ CMアイドルはキミだ!」4代目グランプリを受賞して、CM出演&CMソングで華々しくデビューを飾ったものの、いつの間にやら芸能界からドロップアウト。

 その後、業界初の事務所に所属しないまま活動するフリーアイドルとして活躍し、アニメ声優としても『ご近所物語』の幸田実果子役、『おジャ魔女どれみ』の瀬川おんぷ役などで人気を得てきた“ルンルン”こと宍戸留美。

 そんなルンルンも今年で歌手デビュー25周年ということで、クラウドファンディングを利用して25周年記念のCD&写真集を制作するプロジェクトを始動させたという。消えるときはあっという間に消えてしまう業界で、フリーのまま25年生き残ってきたなんて、ホントにスゴイ!

 そんな、昨今のアイドルブームで増えているフリーアイドル・ライブアイドルの源流ともいえるルンルンに、事務所に頼らず業界をサバイブしていく方法を訊いた!

■「放送禁止用語をいいなさい」っていわれていました

――歌手デビュー25周年ということで、経歴を振り返っていきたいんですけど、そもそもアイドルになったきっかけっていうのは?

宍戸留美(以下、宍戸):広島の田舎に住んでいたので、ここで『宍戸留美』っていうひとりの女性の人生を送るだけじゃつまらないなと思って、14歳の時に初めてオーディションを受けました。

――14歳でそんなこと考えていたんですか!?

宍戸:いろんな人生を体験をするには、女優になるのがいいなと思ったんですよね。市原悦子さんに憧れていたんで。キレイな女優さんはいっぱいいるけど、ああいう個性的なお芝居をやれるような人になりたいなって。

――確か、昔のインタビューだとキョンキョンに憧れて……って読んだ記憶があるんですが?

宍戸:それはアイドルとしての立場での目標を聞かれた場合、あえていうなら小泉今日子さんということですね。当時からアイドルって寿命が短いと思っていたんで、長く続けるには女優さんの方がいいと思っていたんです。今は小泉さんもアイドル的キラキラ感を残しつつ本格的な女優さんですよね。

――じゃあ、「ルンルンはミニが好き」(当時のキャッチフレーズ)とかいって、アイドルとして活動するのはあまり本意ではなかった?

宍戸:まあ私がテレビをよく見ていた80年代って、役者の寺尾聰さんが『ルビーの指輪』を歌ってヒットさせたり、アイドルの堀ちえみさんが『スチュワーデス物語』で女優をやったりと、アイドルや女優、歌手の境目が曖昧だったんですよね。だから、アイドルをやりながら女優もできるかなと思っていたんですけど……結果的に、いまだにテレビドラマには出られていません。

――当時の宍戸さんは思いっきりバラエティ寄りでしたもんね。

宍戸:歌番組もちょうどなくなっていた時代なので、とにかく「バラエティで目立て」「放送禁止用語をいいなさい」っていわれていました。

――ええーっ!? ダメでしょ、それ。

宍戸:ピーッて入れるのが流行っていたんで、そういうことをいって1秒でも長く画面に映れって。

――松本明子さんはそのせいで一時期完全に消えたじゃないですか! そういうキャラクター設定というのは誰が決めていたんですか?

宍戸:レコード会社の人達が考えていたんですけど。

――ディレクターは誰だったんですか?

宍戸:まりちゃんズの藤岡さん(笑)。

――ああ、藤岡藤巻の!

宍戸:大人達から「宍戸留美は宇宙人だ」なんて設定をつけられて、そういう歌ばっかり歌わされていました。

――市原悦子さんに憧れて芸能界入りしたのに、宇宙人設定を付けられて……どういう気持ちだったんですか?

宍戸:太陽系第10惑星から来た宇宙人なんて設定の「スターボー」(そういうアイドルがいたんです)に比べたらまだマシかなとは思っていましたけど、私としては同期の高橋由美子ちゃんが歌っていたような、制服や放課後……みたいな等身大の歌詞を歌いたかったですね。

――でも、そういうアイドルポップスからはみだした楽曲が、今となっては評価されていますよね。

宍戸:やっぱりインパクトが強かったのか歴史に残ってますよね。今思えばすごくありがたいんですけど、やっぱり当時は、その時にしか歌えない言葉で歌を歌いたいなって思っていました。

――ファーストアルバム『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・シ・シ・ド・ル・ミ』では、作詞にも挑戦していたらしいですね。なんと『イマジン』の替え歌を!

宍戸:それも藤岡さんから「書いてみないか」といわれて作詞に挑戦したんです。その段階では『イマジン』を聴いたこともなかったし、ジョン・レノンもよく知らなかったんですけど、スカアレンジでレコーディングもして、音源がどこかに残っているんじゃないかと……。

――でも結局オノヨーコさんの許可が取れず、お蔵入りになったという。

宍戸:そうなんですよ! 先に許可を取っておいてほしいですよね。『イマジン』だけは、権利関係がものすごく厳しいらしいです。

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『BOMB!』(学研パブリッシング)1991年2月号より

――お蔵入りとはいえ、はじめて作詞してみて手応えはありましたか?

宍戸:16~7歳の頃ですけど、この時はじめて人種差別の問題とかを意識して、いろいろ調べて書きました。

――等身大の歌詞が歌いたいと思っていたわりに、あんまり等身大の歌詞じゃないですね。

宍戸:そこは『イマジン』という曲からインスパイアされたんだと思います。

――『コンビニ天国』とか『秘密よDIET』なんて曲が入っているアルバムに、いきなり人種差別問題を訴えかける曲が入っていたら、さらに伝説になってましたよ!

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■元の事務所が「移籍料何千万」とかいってきて、フリーアイドルに

――そして事務所を辞めてフリーになるわけですけど、どうして辞めることに?

宍戸:自分のやりたいことが全然やれなかったし、普通の人の感覚がまったくなくなってきちゃってることにも危機感をおぼえて、事務所やレコード会社との契約が2年で切れるタイミングで辞めることにしたんですよね。私はそこまでではなかったですけど、同期のアイドルの子なんかは「私がビニール袋を持つなんて」って、コンビニの袋も自分じゃ持たなかったですから。そういう感覚になってきちゃうんです。

――当時、そんな大物アイドルっていましたっけ?

宍戸:あまり売れてなくても勘違いしちゃうんですよ。「喉渇いた」っていえばすぐに飲み物が出てきましたし、マネージャーに靴を履かせてもらったり、メイクの間ずっと鏡を持たせてたり。

――鏡なんて、そのへんに置いた方が安定してメイクしやすいじゃないですか!

宍戸:うふふ! そういう、ギリギリ芸能界が面白かった時代だったんですよね。

――辞めた後、どうしようかという展望はあったんですか? 普通、アイドルが事務所を辞めたら引退ってことですけど。

宍戸:何も考えてなかったですね。ただ、普通の感覚を取り戻そうと思って。たとえば、自分で歌詞を書くにしても、よっぽどのスターだったら夢のような歌詞が書けるかもしれないですけど、私はそうではなかったですし、かといって普通のOLさんの世界も知らないし……。とにかく普通の生活をして、共感してもらえるような歌詞を書けるようになりたいと思っていました。

――その頃、死亡説も流れていたみたいですけど、何をやっていたんですか?

宍戸:絵を描いて個展を開いてファンの人に売りつけたり(笑)。まあ2,000円くらいでしたけど。

――別の事務所に入ろうという考えはなかったんですか?

宍戸:話は何度もあったんですよ。一番大きいところでは、サンミュージックブレーンさんで安達祐実さんのマネージャーさんが担当になりかけていて、宣材写真まで撮っていたんですけど、元の事務所が「移籍料何千万」とかいってきたらしくて……。

――おおーっ、そういうのって本当にあるんですね!

宍戸:だから、自分からフリーアイドルになろうと思ったわけじゃなくて、フリーでやらざるを得ない状態になってしまったという感じですね。そんな感じで23年間やってきたわけです(笑)。

――フリーになり、リリー・フランキーさんと一緒にCDを作ったんですよね?

宍戸:私が最初にやったラジオの構成作家さんがリリーさんと宮沢章夫さんだったんですが、おふたりとも今や大作家さんで! 他にも桑原茂一さんや加藤賢崇さん、上田禎さんと、面白い人が周りにいっぱいいて、そういう人たちに影響されて私も創作活動に目覚めました。それで、リリーさんが「アイドルとか歌謡曲専門のインディーズレーベルってないよね、やろうかな?」といっていたんで「私やりたい!」って。そうしたら「じゃあ、お母さんから50万円借りてきて」と(笑)。

――それ、リリーさんじゃなかったら完全に詐欺の話ですよ。

宍戸:それで、上田禎さんの家の押し入れで録音したり……。

――え、押し入れで録音!? 50万円は何に使ったんですか?

宍戸:ほとんど衣装代でした。ワールズエンドっていう、ヴィヴィアンウェストウッドの前身ブランドの服に20万円とか。それを着て刀を持って、床にCDを敷き詰めて「KILL YOUR IDOL! MAJOR FUCK!」みたいな……。そういうアイデアは全部リリーさんが出したものなんですけど。

――それを実現するために50万円用意させるってどうかしてますよ!

宍戸:さらに、ジャケットではさるぐつわ(ギャグボール)をしているんですけど、それも「自分で買ってこい」っていわれて、まだ20歳になるかならないかなのに新宿にある「パールピンク2」っていう大人のおもちゃ屋さんに行って買ってきましたよ。それを咥えて撮影する時にも、よだれがダラダラ垂れてくるし……。

――それ、リリーさんはただのプレイとしてやってますよね。

宍戸:でも、そのジャケットのおかげで、『ニューヨーク・タイムズ』の記者の方がジャケ買いして、日本のアーティスト10人に選んでくれたんですよ。そのCD、たぶん1,000枚くらいしか作ってないのに。

――それが『ニューヨーク・タイムズ』に届いたっていうのはすごいですね。

宍戸:「インディーズは宣伝ができないからジャケットだ!」ってリリーさんがいっていて、やたらとジャケットに力を入れていたんですよ。結果的に正解でしたね。

■矢沢あい先生とクリエイティブな刺激し合い20150821_sisido_4.jpg

――フリーアイドルとともに、声優としても活動をはじめるわけですが、そこはやはり矢沢あいさんとの出会いが大きかったんですか?

宍戸:矢沢先生との出会いは、本当に生きててよかったなっていう感じでしたね。東映動画のプロデューサー関弘美さんが『ご近所物語』のオーディションをしていて、「ピンと来る人がいないな」と思っていたタイミングで、ある人が『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・シ・シ・ド・ル・ミ』を聴かせてくれたらしいんです。それで『コンビニ天国』のセリフ部分を聴いて「これ、(幸田)実果子だ!」って、偉い人や矢沢先生にも聴かせて。最近知ったんですけど、先生のお母様も「この子よ!」っていってくださっていたらしいです。

――自分的にはあまりピンときていなかったアイドル時代の楽曲でチャンスをつかんだわけですね。

宍戸:つながっているなって思いましたね。私を起用するのはプロデューサー的にもかなり挑戦だったみたいですけど。1年間続くアニメで、声優経験がほどんどないフリーランスのアイドルを使うなんて、いきなり来なくなっちゃうかもしれないし、本当に心配で眠れなかったみたいです。実際にセリフをしゃべらせてみたら、最初は100点満点で5点くらいだったと(笑)。それで、監督さんから特訓されたら70点くらいに上がって、「この子、伸びしろすごい!」って。

――宍戸さん的には、いきなり入ってきた声優という仕事に対してどう思っていたんですか?

宍戸:まあ、最初は呼ばれたから行く、くらいの感覚でしたね。声優さんっていう職業もあんまり認識してなかったですし。でも、矢沢先生の絵がかわいいし、毎週毎週監督さんにマンツーマンで特訓してもらう中で、のめり込んでいって……。最初は本当にダメダメだったんですけど、共演者の方たちがすばらしかったんで引き出してもらえましたね。最後の頃は、山口ツトム役の山口勝平さんの言葉に涙しながら、自分でも感動するようなお芝居ができたりして。

――そこで声優を軸にやっていこうという意識が芽生えたんでしょうか?

宍戸:そうですね。すごくやりがいのあるお仕事だと思いました。矢沢先生ともすごく仲良くさせていただいて、当時、私がヴィヴィアンウエストウッドが好きでよく着ていたので、先生の漫画の中でも実果子がヴィヴィアンを着るようになって、その流れで『NANA』にもヴィヴィアンがよく出てきたりして。そういうクリエイティブな刺激し合いというのも楽しかったですね。あとは、アニメの主題歌も歌わせてもらっていたんで、それに乗っかってまたインディーズでCDを出せるな、という考えもありました(笑)。

――声優&アニメソングと、自分のやりたい音楽の2本柱でやっていこうと。

宍戸:そういう柱ができましたね。

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■18~20代前半までは「みんな死んでしまえ!」って思っていました

――それから23年間、フリーで活動を続けているわけですが、事務所がないことで大変なことっていうのはないんですか?

宍戸:声優のお仕事に関しては、ナレーションだったら○○事務所、コマーシャルは○○事務所、洋画の吹き替えなら○○事務所……みたいな感じで、わりと決まっていて、フリーが入り込む隙がないんで、そこは大変ですけど……。でも、特にストレスはないですね。

――でも、misonoさんの件とか……(ルンルンが長年やっていたキャラクターの声優が、なぜかいきなりmisonoに変わった件)。

宍戸:ああーっ、あれはすごかったですね! 私は芸能界も知っているので「そういうこともあるよね」ということで、特になんとも思っていなかったんですけど、思いの外、周りが大騒ぎして。私としても、6年間やっていたキャラクターだったので、それがいきなりmisonoさんに変わるというのを聞かされてショックでしたけどね。でも、それがニュースになって「こんなにかばってくれるファンの人たちがいるんだ」というのを知ることができたのは嬉しかったですね。

――あれも、ちゃんと事務所があったらそんなことにはならなかったんじゃないですか?

宍戸:そうですね……あの騒動も、最終的にはきれいにまとめられていて、avexさんさすがだなーって。

――そういうフリーであることのデメリットはありつつも、やっぱり事務所に所属しない方が活動しやすいと思いますか?

宍戸:はい。自分のやりたいこととか、一緒にお仕事したい方と自由にやれるというのはすごく楽しいですから。たとえば「日刊サイゾー」さんでやらせていただいている連載(宍戸留美×小明×Voice Artist【声優 on FINDER!】)も、アイドルライターの小明ちゃんと「何かやりたいね」って話していて、編集長さんにお願いしたらやれることになって、すごく長い連載になっていますもん。

――事務所時代には、持ってこられる仕事をこなすだけで、自分の意見は反映されなかった?

宍戸:まあ16~7歳だったんで、相手にしてもらえなかったという面もあると思いますけど。

――そういう目にあっていたら、「フリーになったら自分で全部やりたい!」と思いそうなものですけど、宍戸さんはいろんな人とのコラボレーションを大切にしていますよね。

宍戸:まあ、そういう考えができるようになったのは大人になってからですけどね。18~20代前半までは精神的にもおかしくなっていて、頭も白髪だらけで、「みんな死んでしまえ!」って思っていましたから(笑)。人が怖くて嫌いで、「誰も信用できない!」って。昔は、自分に自信がなかったから、人も信用できなかったんだと思います。声優や歌手としての自信がついてきたりして、「自分が信じないと誰も信じてくれないんだ」ってわかってきてからは、それがひっくり返って「人が大好き!」という感じになっていますね。

――お金的には、事務所時代とフリーになってからではどう変わりましたか?

宍戸:事務所にいた時はお給料制で月に7万円だったんですけど、衣装代と交通費が自腹だったんで大変でした。衣装は毎回違うのじゃなくちゃいけないし、派手・ミニ・原色っていうイメージもあったし。

――その辺じゃ買えない服ですよね。

宍戸:だから仕送りと一緒に、母セレクトの衣装もダンボールで送ってもらってました(笑)。

――フリーになると事務所に中抜きされることもないですけど、仕事がなかったら収入ゼロですよね。

宍戸:だから『おジャ魔女どれみ』をやっていた頃、生活がヤバかったんで、バイトしていましたもん。IT企業のはしりみたいな六本木の会社で電話番をしたりお茶くみをしたり、月~金で勤務していました。逆に、いい時はレギュラーを5本くらいやって、すごい稼いでましたけど。

■写真集は乳首を出さないと難しい?20150821_sisido_3.jpg

――そういった25年間の活動の集大成として、クラウドファンディングで資金を集めてCDと写真集を作ろうとしているそうですが、企画をどこかの会社に持ち込んでやるという方法もあったと思いますけど、クラウドファンディングを利用した理由は?

宍戸:CDも写真集も、自分で作った方が利益が大きいっていうのもあるんですけど(笑)。CDはともかく、写真集は出版社さんに企画を持ち込んでも、紙で出版するっていうのは難しいと思うんですよ。それこそ乳首とか出さないと(笑)。今まで写真集は1冊しか出していないので、何とか紙の写真集をもう1冊出したいなと。

――『HOT SKETCH』(事務所時代に出した写真集)が代表作だと思われるのはイヤだと?

宍戸:撮影でイヤな思いをしたので……。

――それ、Twitterでも書かれていましたけど、当時のファンとしては「伝説の写真集なのに!?」(フライパンで胸を隠しているカットが伝説!)という感じだったんですけど。

宍戸:まあ、写真だけ見ると楽しそうにやってますよね。でも実情は、撮影に入る前にキャビアとか食べさせられて、グアムに連れて行かれて、「じゃあブラジャー取って」って……。そこにたまたまフライパンがなかったら、本当に脱がされていたかもしれないですよ。

――写真集の中身って撮影前に決まっているわけじゃないんですか?

宍戸:そうですね。「撮れるならヌードも撮っちゃおう」みたいな感じだったんだと思います。メイクさんも「イヤだと思ったらイヤっていうんだよ」なんていっていて、撮影が始まったら、みんな遠巻きに見守ってるし……。

――怖いですねー! 写真のセレクトにもまったくタッチしていないんですか?

宍戸:選ばせてもらえなかったですね。局部3連発みたいな写真が入っていて、顔とかブサイクなのに「なんでこんなのを選んだんだ!?」なんて思っていました。

――確かに、それが人生唯一の写真集になるのはイヤかもしれませんね。

宍戸:今回作ろうと思っている写真集は、カメラマンの増田賢一さんにアイドル時代から撮ってもらっている写真がかなり貯まっているんで、それを形に残したいなと思っています。CDの方は、配信のみでリリースしていた音源をCD化したいんですよね。やっぱり配信では全然売れないので。

――クラウドファンディングの予算の中に「プロモーション費」が入っているのが、さすがフリー歴が長いだけはあるなと思いました。

宍戸:実はそこが一番大切なんですよ。製作費だけ考えると、CDなんてそんなにかからないで作れるんですけど、売るためにはプロモーション費がすごく重要! 私もよく知らなかったんですけど、実は調べるとあの雑誌の裏表紙は○百万とか、あのサイトに載せてもらうには○十万円とか、すぐに分かるんですよね。

――クラウドファンディングでファンにお金を出してもらって、作ったものがファンに届くだけだとしょうがないですからね。

宍戸:せっかく25周年なんで、アニメの声優としてのファンや、アイドル時代のファン、そしてまだ私のことを知らない人たちにも広げていきたいですね。今回のプロジェクトが成功したら、今度は、今まで声優として演じさせてもらった実果子やおんぷちゃんのキャラクターソングを集めたアルバムも作りたいなと思っています!

――権利関係がややこしそうですけどね。

宍戸:確かにそうなんですよね、でも演奏し直してカバーということになれば大丈夫だと思うんですよ。まあ、何はなくとも今回のプロジェクトが成功しないことには!

――その他、25周年ということでやろうと思っていることはありますか?

宍戸:ライブ活動も2年くらいお休みしていたんで、そういうのも再開していきたいなって思っています。実は田中陽子ちゃんも25周年なんで「一緒に何かやれたらいいね」なんて話しているところなんですけど。

――いいですねー! そういう話って夢がありますよね。今、アイドルをやっている若い子たちは「アイドルの寿命なんて短い! ノーフューチャーだ!」なんて思ってるでしょうけど、人生はちゃんと続いていくんだよと。

宍戸:最近、当時のアイドルたちが集まって「アイドル会」という飲み会をやっているんですけど、今でもタレントとしてがんばっている人もいれば、全然別の道で成功している人もいて本当に楽しいですよ! 当時はお互いに忙しすぎて、全然交流なかったんですけどね。

――今のアイドルたちも20年後に「アイドル会」ができるといいですよね。そういう子たちに宍戸さんからアドバイスするとすればどんなことを?

宍戸:30歳超えても、鈴木まりえさんなんかは史上最年長現役アイドルなんていって、地下アイドルだけで食べているし、森下純菜ちゃんも、昔のサンミュージックのアイドルみたいな清い感じでやっているので、自分の信じる道を突き進めばいいと思います。または、小明ちゃんみたいにいきなりフランス人と結婚、出産とかを発表しちゃうとか(笑)。本当に面白いですよねー!

――そういう人たちが活動できているのも、宍戸さんが最初に「アイドルがフリーで活動してもいいんだよ」と身をもって示してくれたからこそでしょうね。

宍戸:まあ、業界的にはよくなかったんだと思いますけどね(笑)。怖ろしいことを18歳でやっていたと思います。事務所によっては殺されかねないようなことですから……。その代わり、そういう業界のしがらみに対してよく思っていない人たちはすごく応援してくださっていましたよ。「よくやった!」って。

――じゃあ、とりあえず味方をつくっておけって感じですかね。

宍戸:うーん……とはいえ、結局は誰も味方じゃないですよ。だから自立するしかないですね。自立あるのみ! 今の20代の子たちとか、すごく受け身な人が多いなって思ってるんですけど、それじゃ誰も助けてくれないよ!

――受け身で好きなことはできないぞと。

宍戸:本当に当たり前のことですけど、自分のやりたいことをやろうと思ったら、自分で動かないと。

――そういう意味でも、今回のクラウドファンディングがいい成功例になるといいですね。

宍戸:私自身もどうなることやらっていう感じなんですけど、応援してください!
(取材・文=北村ヂン/撮影・尾藤能暢)


宍戸留美(ししど・るみ)
1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。子供達に絶大な人気を誇るNHKアニメ『はなかっぱ』ももかっぱ役で声優を務める。

デビュー25周年!
テレビアニメ 『はなかっぱ』ももかっぱ役 
『VENUS PROJECT-CLIMAX-』黒城星役
webドラマ『鬼の人美に涙』配信中!


宍戸留美デビュー25周年記念作品!応援プロジェクト!!
https://motion-gallery.net/projects/runrun25
宍戸留美オフィシャルサイト
http://rumi-shishido.com/
宍戸留美オフィシャルTwitter
https://twitter.com/rumishishido
宍戸留美オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/sundaliru/

フリーアイドル歴23年の宍戸留美が明かす「事務所に所属しない」という芸能界サバイブ術とはのページです。おたぽるは、catインタビューアイドル&声優声優おジャ魔女どれみご近所物語インタビューフリーアイドル宍戸留美の最新ニュースをファンにいち早くお届けします。オタクに“なるほど”面白いおたぽる!

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