まーた“陰陽師もの”か。

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新宿陰陽師(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)

『新宿陰陽師』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)のタイトルを見て一瞬そう思ってしまったのは、それだけ「陰陽師」という言葉やそのイメージが巷に溢れかえっているからだ。もちろん現代日本においても、古の知恵と伝統を受け継いだ本職の陰陽師は存在しているのだが、それとは別の、“フィクションにおける陰陽師”のイメージを私たちは持っている(ような気がする)。

「陰陽師もの」といえば、本好きはまず夢枕獏の『陰陽師』(文藝春秋社)や京極夏彦の「百鬼夜行」シリーズ(講談社)あたりを思い浮かべるだろうが、一般文芸以外のライトノベルやゲーム、マンガでも、今や陰陽師を題材としたコンテンツは珍しくない。2001年の映画『陰陽師』の公開時期には、「陰陽師ブーム」という言葉も飛び交っていた記憶がある。

 しかし、だ。陰陽師という概念がこれだけ世間的に浸透しているということは、すなわち時代に求められている存在である、とも言えるはずだ。“陰陽師”がはたして“萌え系美少女”などに類する「売れる題材」のひとつなのかどうかは知らないが、淘汰されている気配がないどころか、むしろ増えている気配すらある。

 つまり我々は――陰陽師の活躍を、“今”欲しているのである。たぶん。

 陰陽師といえば、陰陽五行の考え方を用い、占術や祈祷、時には呪術によって“目に見えない”世界の問題解決を行う専門家である。暗い色の烏帽子、狩衣、お化けの出そうな庭、なんてイメージがたちどころに浮かぶ。そのイメージはなんとなく静かで暗い。

 本作『新宿陰陽師』の主人公のひとり――女優並の美形であるにもかかわらず人一倍だらしない生活をおくる25歳の独身OL本条千晶も、陰陽師に対して私と同じイメージを持っていたようだ。最初に“彼”を見た際、彼女はこう思っている。

「この怖そうなチャラチャラした若い男が陰陽師?
陰陽師ってもっと清廉でストイックな感じじゃないの?」

 金髪、胸もとを開けた黒いシャツに黒いズボン、シルバーのごついアクセサリー。住んでいるのは東新宿。ちょっと歩いた先はもちろん、あらゆる欲望の渦巻く歌舞伎町。一見ただのチンピラかホストにしか見えない二十代の若い男。それが本作の“陰陽師”、赤星和真なのである。

 物語は、怪奇現象に見舞われた千晶が、お祓いをしてもらうべきだという知人の勧めで和馬の元を尋ねるところから始まる。そして、千晶の話を聞いた和真は、彼女が誰かから呪われている可能性を口にするのだった。

「あのさあ、呪いって言われても信じがたいんだけど。だって、この現代で呪いってさあ……」

 きょとんとする千晶に、和真はこう返す。

「呪いなら、この現代こそ飛び交っているだろう? ネットの普及で爆発的に広がった。子どもも大人も毎日のように人を呪う言葉を手軽に発信し、また受けとっている。形は変われど、人を恨み妬み陥れたいという人の闇は変わらない。むしろ、多様性を増している」

 そうだ。現代社会から呪いは排除されていない。ロケットが月に降り立っても、手のひらに収まる小さな機械ひとつで電話から買い物からなんでも出来るようになっても、人の心の闇の領域は変わらず暗く残されたままだ。それどころか、掲示板で、Facebookで、Twitterで、LINEで、悪しき言葉たちは今も無限に増幅され続けている。その量をエネルギーに換算したら、藁人形に何千本の釘が打てるだろうか。

 誰がいつどこのTSUTAYAで何のDVDを借りたか、はビッグデータで解析できる。でも、誰がいつ私のことを悪く思ったかなんてわかりゃしない。私のほうも、誰に対して何を思おうがそれが簡単にバレやしないことを知っている。そして呪いとは、言葉や行動が生まれる前の、人の思念の混沌の中で生まれるものだ。

 和真が扱うのは、そうした人の闇で蠢く「呪い」だ。人々が無意識に、だからこそしぶとく作り上げる呪いの元を追い、時には言葉で、時には魔法めいた術式でそれを解体する。千晶は図らずも、その過程で明らかになる人の妬み嫉み、悲しみや怒りを帯びた物語を和真の横で目撃することになるのだった。

 本作で起きる事件は2件。ひとつは美人受付嬢として社内でも注目を集める千晶(部屋は汚いのに)が体験した事件であり、もうひとつは、歌舞伎町勤めのナンバーワンキャバクラ嬢・瑞穂をめぐる物語である。美しい容姿ゆえに誤解を受けることには慣れていたはずの2人だったが、思ってもみなかった呪いの正体にはどちらも驚くことになる。きっかけは些細なことだ。だがそこに人の心がある限り、いかようにもその闇は深くなる。

 本作はシリーズ化を予定しているようで、今回の二編はどちらも顔見せ的なシンプルな筋書き。文体は簡潔で、こうしたジャンルにありがちな長過ぎるうんちくの披露もなくテンポよく読める。意外とチャラくはなく、かといって愛想がいいわけでもないつかみどころのない和馬と、綺麗な顔に反したずぼらっぷりを随所で発揮する千晶の凸凹したやり取りが楽しい。

 東新宿で一人きり陰陽師業に励む(?)和真にはやはり何か重い過去があるようで、本作のラストは、ある人物との因縁をほめのかす和真のモノローグで終わる。実は悪しきものの類を引き寄せやすいという千晶の体質も、これから物語におおいに関わってくるのだろう。和真の言う「ネットの普及で爆発的に広がった」呪詛、現代的な闇の世界にも今後切り込んでほしいところ。

 改めて振り返ってみると、“陰陽師ブーム”の基礎を作ったと思われる夢枕獏の『陰陽師』の発刊が1988年。京極夏彦の『姑獲鳥の夏』発刊が1994年。そして80年代末~90年代半ばといえば、奇しくもパソコンが一般家庭に普及し始めた、“インターネットブーム”黎明期ともいうべき時代なのである。

 物語の中で息をひそめる陰陽師たちは、やはり何かを予感していたのではないだろうか。私たちが、複雑化していく情報社会において、平安時代と同じくらい――もしかしたらあの頃以上に、彼らを必要とすることを。赤星和真も、そうして呼ばれた一人に違いない。
(文/小池みき)

※本サイトでは、「メディアワークス文庫」を“ライトノベル”として扱っています。

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

うんちくを披露しない陰陽師がいるなんて!

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