新連載「伯爵が誘うBL短歌の世界」第1回

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BL短歌同人誌「共有結晶vol.1」より

 おたぽる読者の皆さん、初めまして。「歌人」をしている北夙川不可止(きたしゅくがわ・ふかし)と申します。大体どこに行っても、あだ名の「伯爵」で呼ばれています。学会に行った時ですら、教授からもそう呼ばれるくらいです。

 ですから皆さんも、気軽に「伯爵」と呼んでくだされば、と思います。単なるあだ名であり、旧伯爵家の出というわけではありませんので、念のため。

 私は歌人なので、今回から「短歌」についての連載をさせてもらうことになりました。といっても、現代日本で「普通」に生活していると、「短歌って何?」と思いますよね(汗)。実際、「歌人です」と自己紹介したら「一句詠んで」といわれること多数……。一句二句と数えるのは俳句と川柳で、短歌は一首二首と数えるのですが(笑)。そして、「歌会(かかい)をするのでよければ来て下さい」と言えば、「季語は?」と尋ねられることもしょっちゅうです。季語が必要なのは俳句だけであって、短歌には季語っていらないんですよ。

 ということで、まずは「短歌」について、ちょっと国語のおさらいをしておきましょう。短歌とは、五七五七七の三十一音からなる定型詩のことで、現代まで続く定型詩としては、世界最古級の歴史を持っています。ちなみに、俳句の歴史は大体室町時代からなので、『万葉集』にまでさかのぼる短歌と比べると、随分新しいですよね。

 そんな古い歴史がある一方で、明治時代には、正岡子規たちによって大改革されてています。皆さんは「古今伝授」という言葉を聞いたことがありますか? 『万葉集』の時代の和歌(短歌以外の長歌、旋頭歌なども含む)はあらゆる階層の日本人によって詠まれ、楽しまれていたのですが、平安時代に入ると、貴族を中心とする上流階級の「遊び」「嗜み」へと変化していきました。また、さまざまな形式の中から短歌のみが生き残り、短歌=和歌と呼ばれるようになります。

 鎌倉時代以降、「『古今集』が最高の和歌集」とされるようになり、形式と技巧を重んじ、個人の創造性は重視されないようになっていったのです。そして、室町時代には大勢で楽しむ連歌が完成され、そこから俳諧=俳句のルーツが誕生します。

 江戸時代というのは平和な時代で、経済的にも安定したので、庶民も旅行を楽しめるようになりました。また、識字率も当時の世界の中では圧倒的に高く、文盲の人が少ない社会となっていました。ですから、江戸時代の庶民の「旅日記」がたくさん残っているのですが、そこに書き留められた「和歌」には、文学として、芸術として評価できるものがほとんどありません。それは当時の和歌が「和歌が詠めるほど教養のある自分」をひけらかすためのものになってしまっていたから、です。伊勢参りに行けば、どこをどう詠むという「型」が決まってしまっています。そこから逸脱した独創的な作品は、「こいつは教養がない」と切って捨てられる、そういうことになってしまっていたのです。

 それから明治維新へと世の中は移り変わります。この日本史上最大の出来事は、政治や経済の面だけではなく、日本の宗教や文化にも、大きく、深い影響を及ぼしました。今、保守派の政治家たちによって「美しい日本の伝統」だと喧伝されていることの多くが、実は明治期に始まった新しいものであるという例が少なくありません。

 同時に、思想の面でも、西洋の新しい考え方がどんどん入ってきます。それは芸術の面にもさまざまな変化を生み出しました。それまでの「型の踏襲」と中心とする「集団の芸事」から、個人の「内的パトス」の発露としての「芸術」に変異していったのです。

BL短歌合同誌『共有結晶』 [創刊号・第2版]

BL短歌合同誌『共有結晶』 [創刊号・第2版]

Vol.3まで出ているので要チェック!

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