――3DCGアニメーション作家として、黎明期より活動を続けるロマのフ比嘉さん。その制作活動20年を前にする中で、CGアニメをめぐる状況は変化を続けてきた。個人制作のCGアニメの変遷と共に、ロマのフさんのこれまでを振り返ってもらった。

ロマのフ比嘉、CG作家活動20年を前に! 「自主制作で頑張ってもネコ動画に勝てない」時代をどう生き抜く?の画像1

CG映像作家のロマのフ比嘉さん

「もうそんなになりますかね」。そう振り返るロマのフ比嘉さんは、和歌山生まれ、沖縄・宮古島育ちのCG映像作家だ。

 高校進学で本土に渡り熊本、そして大学進学で上京したロマのフさんがCGによるアニメーション制作を始めたのは約19年前、1996年のことだった。

「当時、飯野賢治さんのゲーム『Dの食卓』が流行っていたので、ああいうキャラでCGが動くのがすごいじゃないかと。それでX68000用のDoGA CGA SYSTEM【編注:CGアニメーションの制作ソフト】を使ってみました。ただGUIがほとんどないので、例えば車の曲がる時の車体の角度を求めるために微分で計算したりとか、数値でレイアウトからアニメーションまで設定してました」

 情報工学系の大学を卒業していたので、そのあたりは特に問題なかった。

「そんな感じで(CGアニメーションは)数学だし、プログラミングだし、顔のモデルをモーフ変形させるプログラムを書いたりとか、座標を指定して1フレームごとのファイルを作ってレンダリングするとか……。業界的には95年にはWindows 95が出てCGソフトがWindowsに集まりはじめましたけど、それ以前はAMIGA【編注:85年に発売されたコモドール製のPC】にバンドルされてるLightWaveとか、Macintosh用ではStrata 3DやInfini-Dなどが使われていました。90年代後半は『超獣ロボ リューセイバー』の渡辺哲也さんとか『PROJECT-WIVERN』の青山敏之さんとかが話題でしたし、CGバブルで伊達杏子とかテライユキとかCG美少女ブームもありました」

『ONE DAY, SOME GIRL』

 そのDoGA CGA SYSTEMを使用して自主制作した『ONE DAY, SOME GIRL』が、97年の第9回アマチュアCGAコンテスト(現:CGアニメコンテスト)でグランプリを受賞した。それを契機に「1年目は『TECH Win』誌での連載、2年目はオリジナル作品『Wired Bob』の制作でDoGAのパトロンプロジェクト的なのにお世話になってて、その後にナムコ(現:バンダイナムコゲームス)に入りました。プレイステーション2が発売される00年頃です」。

 ちなみにロマのフさんが入る前のナムコには、CGクリエイターの由水桂さんがいた。由水さんはゲーム『リッジレーサー』シリーズに登場するイメージキャラクター・長瀬麗子の制作などで知られる。由水さんは00年に独立しているが、B'zの「ultra soul」がテーマソングだった『世界水泳福岡2001』のテレビCMというと思い出す人も多いに違いない。

 由水さんもアマチュアCGAコンテストでは、第7回にDoGA CGA SYSTEMを使用して制作した『DRIVIN' WOMAN -DIRECTOR'S CUT-』で入選していた(先の渡辺さんは『超獣ロボ リューセイバー』で第10回に準グランプリ、青山さんは『PROJECT-WIVERN』で第9回に映像賞と、アマチュアCGAコンテストの受賞者としても知られる。最近では渡辺さんはアニメ『劇場版「ペルソナ3」』など、青山さんはゲーム『超速変形ジャイロゼッター』などの制作に参加している)。

「ナムコには企画で入ってたんですけど、CGを扱えるプランナーという感じで、企画書用に『こういうふうにゲームが進行しますよ』というのをAnimation:Master【編注:Hash社の3DCGソフト】で作ってましたね。当時のナムコで所属していた部署ではHoudini【編注:Side Effects Software社の3DCGソフト】を使ってたんですけど、Houdiniは、例えば円柱を作るノードと変形するノードをつないでとか、めんどくさかったです(笑)」

『Wired Bob』

 当時Animation:Masterは、ほかのCGソフトが50万円、100万円と高額な中、3万円という破格で提供していたことから、密かに重宝されていた。

「Animation:Masterを手にしたのは『Wired Bob』の制作を始めた頃なんで、98年くらいですね。バッチレンダリング【編注:複数のファイルを順次レンダリングすること】ができなかったので、(Animation:Masterを)2~3本買ってシーンごとに別マシンでレンダリングしてました。今はサブスクリプション(使用権)料としてですが、月額7000円で使えますよ。Animation:Masterはモデリングが肌に合ってるんですけど、(このソフトを)唯一仕事で使ってる日本人なんじゃないかと(笑)。『武装中学生 バスケットアーミー』では兵士で使ってます。Mayaや3ds Maxにデータを持っていく時は(モデリングソフトの)Metasequoiaを経由させます」 【編注:スプライン方式で描写するAnimation:Masterは精巧なモデリングが可能だが、ほかのソフトにスプラインモデリングがないため、ポリゴンモデルに変換し、細部を修正するためにMetasequoiaを使っている】

『武装中学生 ショートアニメ #1』

 ちなみに、『武装中学生 バスケットアーミー』は、11年、エンターブレインの「XXolution project」として小説やマンガなどの展開が図られた作品である。ロマのフさんは監督とコンテとアニメのCGパートを担当した。本作で使用したソフトはAnimation:Masterのみだという。

■フリーのCG映像作家へ…個人作家たちとの密な交流

『URDA #01』

「ナムコを退社してからは、フリーでレッド・エンタテインメントのゲーム『GUNGRAVE』のムービーパートを請けてました。この時は1人で1カ月当たり14体のキャラモデリングをしました。ボーン設定やリギング【編注:3Dモデルを効率的に動かすための機構をつける作業】入れて2日で1体のペースです。お陰でモデリングのスキルがかなりつきました。それからオリジナル作品『URDA』(02年制作)になりますね。今から考えると(ネット公開としてのCGでの個人制作は)誰もやってなかったし、若気の至りもあるんですが、20代最後の思い出作りもあります。ナムコ時代に同じく自主制作の『SOMETHING』を並行して作ってたんですが、仕事しながらだと時間が取れなかったんで、次回作るんだったら1年間時間を取ろうかと」

『SOMETHING』

 余談となるが、『SOMETHING』は01年の作品だが、02年、下北沢のミニシアター・トリウッドにて、新海誠さんの『ほしのこえ』と同時上映され、人気を博した。両作のポスターは、以降数年、トリウッドで飾られ続けていた(新海さんは第12回CGアニメコンテストで『彼女と彼女の猫』がグランプリを受賞している)。なお『SOMETHING』のパッケージは自主版のみであるものの、ロマのフさんの手元にないそうで、持っている人は激レアということになる。

「当時YouTubeもなかったんで、アニメを作るとそれだけでもネットで注目されるだろうと思って、『URDA』は3カ月1話のペースで制作して公開しました。当時は『カトゆー家断絶』などの個人ニュースサイトの更新が、商用ニュースサイトの更新との兼ね合いで月曜日から金曜日までになってましたね。金曜の夜に公開したら、それらのサイトで土日はトップページにそのまま掲載されますから、それを狙って公開日を決めてました。Yahoo!BBが赤い紙袋でモデムを配ってたようにADSLも普及しつつありましたし、大きいサイズのファイルだったらダウンロードしたくなるだろうと、1話あたりの容量を50MBくらいにしました。その後(サイズの軽い)Flashが流行っちゃいましたけど」

『URDA』は翌年、マーベラスAQLによりDVD化された。東京国際アニメフェア2003のクリエイターズワールドに出展したことで、声がかかった。

 それから東京の代々木に事務所を構えることにした。「『URDA』で体調を崩したのでもういいやと。座椅子で寝て起きてのサイクルだったので、それで自律神経がイカれたのか、3時間ごとに眠気が襲ってくるようになって……オンオフをつけるべきだと思って、事務所を借りたんです。あと『警察戦車隊 TANK S.W.A.T. 01』があったのもありますが」 『警察戦車隊 TANK S.W.A.T. 01』参照は、士郎正宗さんのマンガ『ドミニオン』を原作に、大阪発デジタルときわ荘計画第1弾作品として制作された。完成は05年、初お披露目は同年に行われた第17回CGアニメコンテストの大阪会場であった。

 翌06年、福岡から上京してくる作家と事務所をシェアすることになった。その作家とは、05年に『ペイル・コクーン』を完成させた吉浦康裕さんである(吉浦さんはCGアニメコンテストでは、第14回に『キクマナ』でアート賞、第15回に『水のコトバ』で作品賞を受賞している)。

「事務所の机が1つ空いてるからどう? って」。吉浦さんはこの後、『イヴの時間』を制作することになる。当時その代々木の事務所の近所には、新海さんも住んでいた。その近辺は『秒速5センチメートル』の舞台としても知られ、ロマのフさんと吉浦さんが当時近所にあったオリジン弁当に買い出しに行くと、新海さんと出会うこともあったという。

■「今、自主制作をやりたくない」!? ロマのフ比嘉が考える、作家、社長としての未来

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貴重な『URDA』と『Wired Bob』のポスター。

 それから事務所は中野区の落合に移る。吉浦さんの『イヴの時間』のポスプロ作業で代々木の事務所にスタッフが入りきらないためでもあった。ロマのフさんも『イヴの時間』の制作に参加する一方で、オリジナル作品の『CATBLUE:DYNAMITE』(参照)を制作した。

「アニメフェアで名刺を渡したところにフィギュアの会社があったので制作につながった感じです。舞台がニューヨークだったので、風景写真だとディテールがわからないのもあって知り合いに頼んでマンホールの写真を撮ってもらったりしました」 『CATBLUE:DYNAMITE』はパッケージ販売ではなく、06年にgooアニメでの無料配信から展開がスタートした。この作品以降、オリジナル作品としては商用でも自主でも制作を行っていない。ところが「今は自主制作をやりたくない」という。

「やりたくないというよりも、当時は(CGアニメが)珍しかったから見てもらえたんですけどね。今はどれだけ頑張ってもネコ動画に勝てない(笑)。制作期間を考えると割に合わないです。それと『URDA』の頃まではYouTubeもなかったし光回線もなかったしでDVDが売れた時期だった。その時からするとガラッと変わっちゃったんで、さてどうするかと」

 それでも策は講じているようだ。「今考えてるのは知り合いの会社と何かやるってことです。詳しくは言えないんですけど多分、色んな方面から怒られるようなやり方をしようかと(笑)。コミケだと高価なものは売れない、ワンフェスだと畑違い、それ考えるとクリエイターズワールドがなくなったのは痛い」

 一方で会社の「社長」としての顔を持つ。07年にスタジオアールエフとして創業の際には、宮古島の実家を「本社」とした。「ゆくゆくは沖縄にスタジオを構えたいですね。助成金の話は来るんですけど、(県の予算として)年間何十億円余ってるみたいなんで、5億円くらい欲しいですね(笑)」。ロマのフさんの挑戦は、まだまだ続く。
(取材・文/真狩祐志)

■ロマのフ比嘉(ろまのふ・ひが)
3DCG映像作家。1973年生まれ。電気通信大学卒業後、第9回アマチュアCGAコンテストでグランプリを受賞。99年にナムコに入社する。01年に同社を退社後はフリーとして自主制作作品の制作や映像制作を手がける。商業での原作モノの代表作には、『警察戦車隊 TANK S.W.A.T. 01』『武装中学生』などがある。
・ROMANoV Film Official Tube http://www.youtube.com/user/romanovfilms
・スタジオアールエフ http://studio-rf.com/

パーソナルCGアニメ The BEST DVD

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すべてはここから始まった。

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