――この時期に観たいアニメとしてお勧めの劇場版『クレヨンしんちゃん』。そんな劇場版『クレしん』の魅力を監督別に特集。第3回は、原恵一が監督を務め、シリーズ最高傑作との呼び声も高い『嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』『アッパレ! 戦国大合戦』の2作品で、こんなところを知っていると観方が変わって面白いという見どころを紹介していこう!

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【原恵一編(後編)】

嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲

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 本作は大人向けに振り切った作品だと原監督は語っている。原監督作品で小出しにされてきた要素がここにきて、ようやく凝縮された形で表出した。それが『オトナ帝国の逆襲』である。

 大人が童心に帰って、20世紀を追体験し、自分自身の思い出に出逢えるテーマパーク・20世紀博。日本各地で開催されている20世紀博に、ひろしとみさえはご執心だが、しんのすけとひまわりは、親たちだけが楽しんでいる状況にうんざりしていた。そんな20世紀博からのお知らせがTVで流された。「明日、迎えに上がります」これを見た大人たちは家事や仕事、子供たちを放棄して遊び惚け、20世紀博からの迎えに喜び勇んでついていく。しんのすけら子供たちは置いてけぼりにされてしまった。これは秘密結社イエスタデイ・ワンスモアの陰謀だった。首謀者のケンとチャコは大人たちを古き良き時代“昭和”のニオイで洗脳し、懐かしい過去に回帰させようとしていたのだ。これを知ったしんのすけたちは両親を取り戻そうと行動を開始する。

 それまでの劇場版クレしんでは、日常を非日常が浸食していく過程が描かれてきた。しかし、本作では20世紀博という非日常がすでに浸食している姿から物語が始まっている。昭和の町並みを再現した20世紀博の夕日町銀座商店街の佇まい、ジャイアント馬場VSデストロイヤーの試合(毎回、三菱電機製の掃除機「風神」がマットを掃除した)、ウルトラマンを思い起こさせるヒーローSUNや魔女っ子(魔法少女ではなくてあえて魔女っ子)を思わせる魔法少女みさりん。ケンとチャコは人気を博した子供向けドラマ『チャコちゃん』『ケンちゃん』シリーズからであるし、挿入歌はBUZZ「ケンとメリー 愛と風のように」、ベッツィ&クリス「白い色は恋人の色」、ザ・ピーナッツ「聖なる泉」、吉田拓郎「今日までそして明日から」と、当時を生きた大人ならば、何かしら琴線に触れるものばかりが登場している。

 本作が支持される一番の要因は、本当の敵がイエスタデイ・ワンスモアのケンでもチャコでもなく、“懐かしさ”であることに尽きるだろう。

 本作には、1970年代の高度経済成長時期を体験した大人たちにダイレクトに響く“懐かしさ”が横溢している。前々作『温泉わくわく大決戦』での温泉や長嶋茂雄、怪獣映画では一部の人間しか共感できなかった。それが『オトナ帝国』では、見事に70年世代の大人たちの多くが共感できるものになっていた。それは、1970年の大阪万博に象徴されるさまざまな物事を、あの時代のニオイとして描いたからだ。その時代を知らなくても、懐かしいと思える時代のニオイ。だからこそ、多くの人々の共感を得ることができたのだ。時代のニオイを描くことによって、同時に劇場版『クレヨンしんちゃん』で常にテーマとして描かれてきた“家族愛”が大きく浮き彫りになっている。

 懐かしさの中にとどまることはたやすいが、それでは現代を生きることにはならない。生きて前に進むためには、思い出と決別する意志も必要だ。しんのすけは未来を生きようとする。そのために必要なのは、共に生きるひろしにみさえ、ひまわりとシロといった家族の存在なのだ。物語の後半で覚醒したひろしも、それは充分に理解していた。

 原監督は、ひろしが自身の足のニオイで現実世界に帰還するシーンを、ノスタルジイをなぞると同時に、ひろしの生きてきた時間を追体験することで見事に描写している。ここで涙腺崩壊した向きも多いに違いない。

 20世紀のニオイを散布して、日本の全てを古き良き時代に帰そうとするイエスタデイ・ワンスモアとの最終決戦。しんのすけは疾走する。ただただ疾走する。その疾走の果てに何が待つのか? ケンとチャコの最終決断はいかなるものか? 見どころは満載である。

 世界的に有名な某アニメ映画で「生きろ。」といわれても、筆者はまったくピンと来なかった。なぜなら、あの世界に生きる人々の志は高過ぎるからだ。けしてあきらめず強い意志で人生を切り開く彼らに、挫折をくり返してきた自分を重ねあわせることはなかなかに難しいことなのだ。人生の酸いも甘いも経験し、おそらく何度となく挫折をくり返してきたに違いないひろしが、懐かしさを人質に取られて右往左往しながらも、現実はままならぬことが多いが、それでも生きねばならないと体現してくれるのだ。そりゃあ素直に真摯に生きようと思えるでしょう? 本作は、ひねた大人の心も蕩かす不思議な力を持っているのだ。

アッパレ! 戦国大合戦

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 前作『オトナ帝国』が、原監督が得意とする日常リアリズムを基調としたものであるとすれば、本作は身分の差で恋を成就できぬ悲恋を描いた、原監督流のおとぎ話となっている。2009年に山崎貴監督、草なぎ剛、新垣結衣主演で実写映画『BALLAD 名もなき恋のうた』としてリメイクされたので、知っている方も多いだろう。ちなみに、『BALLAD』公開時には、テレビ版『クレヨンしんちゃん』内で本作と『BALLAD』に関連したスピンオフエピソードが放送された。

 本作のあらすじはこうだ。ある夜、野原一家全員が同じ夢を見た。時代劇のような着物を着たおねいさんの夢だった。次の日、しんのすけはシロが掘り返した庭の穴から、自分が書いたとおぼしき手紙の入った文箱をみつけた。「おひめさまはちょーびじん」の一文と昨夜見た夢を思い、瞬きをした瞬間、しんのすけは戦国時代へタイムスリップする。

 本作も『オトナ帝国』同様に高い評価を得ている。前作の『オトナ帝国』同様、いやそれ以上に、主人公のしんのすけは物語の蚊帳の外に置かれている。本作の物語の中心は、春日家に仕える侍・又兵衛と廉姫の恋の行方にある。わざわざ悲恋物語を『クレしん』でやらなくたっていいじゃないかと思う向きも多いだろう。しかし、本作から相手の気持ちにずかずかと入り込み、一見すると無神経だけどそれは純粋な好奇心から来ているしんのすけの行動力と影響力に代表される『クレしん』的要素を取り除いてしまうと、とてつもなく陳腐なお話になってしまうのだ。

 しんのすけを追って過去へと現れた野原一家(この出現シーンのさりげないながらも、ずば抜けたタイミングは秀逸!)の自動車に乗った廉姫、それを馬で追う又兵衛。馬でどんなに早駆けしても、廉姫に追いつくことはできない。二人の恋の行方を暗示するシーンの、なんと映画的なことか。そう、しんのすけがいなくては、又兵衛も廉姫も、自分の気持ちを素直に吐露することはできなかったであろうし、物語クライマックスの春日合戦だって起こらないのだ。原監督が持つ、各要素をまとめ上げて映画として成立させるバランス感覚は、やはり突出したものがある。

 合戦シーンは史実に則った戦いが丁寧に描かれている。おそらく映画やドラマでは、ほぼ初登場なのが“刈り働き”だろう。敵の兵糧を断つために収穫前の米や麦を刈り取り奪取する。また足軽同士の戦いでは、“槍合わせ”というほぼどつきあいになる戦いも丁寧に描かれている。製作当時、判明していた最新の情報を用いて、戦国時代の戦い方を忠実に再現しているのだ。

 また、本作の時代設定は天正2年(1574年)。廉姫の父である春日康綱は、廉姫に求婚を迫る大蔵井の多勢に対して、反旗を翻す。しかし、その理由が“ひろしに聞いた理想的な未来の姿に夢を見たから”というのは、あまりにも頭が悪い領主過ぎる。史実では、当時、関東圏は後北条氏が席巻。ひいては、本作の敵役・大蔵井が行った春日城攻めも、北条氏の後援を受けているはずだ。一方で、本作のより細かい時代設定としては、劇中で描かれた「麦の刈り働き」の行われた時期を考えあわせると、天正2年の3月末から4月となる。史実ではこの時期に、北条氏と敵対していた上杉謙信の関東侵攻が行われている。つまり、劇中では描かれないが、春日家は上杉と通じていたからこそ、大蔵井の申し出を拒否できたのだと考えるのが妥当で、説得力のある設定であることがわかる。

 原監督がそこまで考えていたかどうかは定かではない。だが、『クレしん』で大人同士の悲恋を描くには、徹底して背景をリアルにしなくてはならなかったのだろう。

 野原一家の活躍もあり、戦の軍配は春日家に上がる。これで物語も終わればハッピーエンドなのだが、物語は又兵衛が凶弾に倒れて幕を下ろす。しんのすけが男と男の、侍同士の約束=金打をした相手が、自身の眼前で亡くなる。しんのすけにとって衝撃的な出来事であったに違いない。ギャグアニメで人が死ぬ。その境界を踏み越える。この原因不明のタイムスリップに始まる物語は、身分の差を理由に動き出せない又兵衛と廉にきっかけを与えるしんのすけ、小さな恋の物語を切なさまで昇華させる重厚な時代考証、どれが欠けても成立はしない。物語が物語であるために欲したものを、原監督はきちんと用意して、『クレヨンしんちゃん』という枷も呑み込んで、ひとつの物語に結実させたのだ。

 この作品を最後に原監督は劇場版の監督を離れ、しばらくしてテレビシリーズの監督も降板する。その後『河童のクゥと夏休み』『カラフル』、初の実写作品『はじまりのみち』とさまざまな物語を紡いでいくのは周知のことである。

 普遍的な“懐かしさ”を描いた『オトナ帝国』、さまざまな愛情の在り方を悲恋に重ねた『戦国大合戦』。この2作品は『クレしん』劇場作品の中でも突出したものとなっている。だからといって、シリーズの他作品が劣るとは思わない。劇場版『クレしん』の核は、あくまで原作とテレビシリーズである。そこに各監督の持ち味や描きたいものが重なりあって、多元的な広がりを見せるのだ。『オトナ帝国』『戦国大合戦』は『クレしん』のひとつの姿であって、これが全てではない。そこがまた魅力的なのだ。

 次回からは、原恵一の後を継いだ水島努作品の魅力について紐解いていこう。

 余談。劇場版『クレしん』の初期作『雲黒斎の野望』の舞台は、本作と同時期の1570年頃で、同じく春日家の人間が登場する。吹雪丸は「城が危機に陥ったとき、3人と1匹の勇士が現れ、危機を救う」という一族に古くから伝わる言い伝えを語る。『戦国大合戦』と『雲黒斎の野望』は、ある時点から分岐した平行世界的な関係にあるようだ。
(文/加藤千高)

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